第44話鬼小手
「織田さん、もっと真剣に小手に打ち込まないとダメよ」
「はい、詩織さん」
織田陽子が入門してから詩織は道場に顔を出すようになった。織田は熱心に道場へ通っている。詩織はそんな彼女に剣を教える事で心身ともに鍛えて欲しいのである。
剣道が主流になりつつある現代において、小野派一刀流は流派の道を絶たれようとしている。派手な剣技も無く鬼小手を使った稽古は稽古の安全性を図るために考案されたのだが、それがかえって真剣さに欠け、他の流派より人気が無くなっていった。吉村の使う北辰一刀流とは対照的である。
詩織は自分の鬼小手を織田に渡し、仕太刀を詩織がなった。
「じゃあさっきやった型をするね」
「はい、詩織さん」
鬼小手に残った詩織の温度を確かめて、二人は稽古を始めた。
「詩織殿が男子であれば良かったですな」
近藤にそう言われたが祐介は
「それも世の流れかもしれませんね」
汗を拭いつつ答えた。
「鬼小手を縫える職人さんが廃業すると言うので大量に商品を注文しました」
剣道でも手刺しの小手が高いように鬼小手も手刺しであるため高価である。
一通り型を使った後は皆で素振りをするのだが詩織は一人鏡の前でゆっくり、確かめるように素振りをしている。稽古が終わり、道場生が去った後、詩織は織田と雑巾がけをする。モップは有るのだが鍛練の一部として行うのだ。二人は道場の端から端まで走る。
「織田さん、お疲れ様」
織田を見送ると天然理心流の稽古が始まる。といっても近藤と土方のみである。静かな道場で気合と木剣が激しく打ち合う音が響く。詩織はその稽古を端座して見学している。恐ろしい流派である。少しでも打太刀、仕太刀が失敗すれば大怪我になる。
「詩織殿は天然理心流に興味をお持ちか」
永倉が話しかけてきた。
「名前には聞きましたがこんなに激しい稽古とは思いませんでした」
「新選組でも天然理心流の稽古はしなかったのですよ」
意外な答えに詩織は驚いた。永倉は続けた。
「新選組には撃剣師範というお役目があり、私と吉村君が稽古をつけたのですよ」
なるほど、と詩織は感心した。天然理心流もやがてこの世界から消える運命にあるのだと思った。
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