第290話 ロルフから包み隠さず現状説明をしてもらった。

「お菓子を持ってきました……よ……?

 どうしたんですか、この雰囲気。」


出来たてのクッキーを持ってきてくれたドワーフ族の奥さんが、ただならぬ雰囲気を感じて俺に問いかけてくる。


「ちょっと……じゃないな、結構なトラブルだ。

 今からパーン族から説明があるだろう。」


「とりあえず美味しいもの食べたら気分も良くなりますよ。

 紅茶とコーヒーのお代わりも持ってきますね。」


ドワーフ族の奥さんはクッキーを置いて足早に神殿を去っていった、とりあえずクッキーを貰うとするか。


「む、これは初めて食べるが美味いな。

 確かに少し気が立っていたかもしれん、落ち着くとしよう。

 ロルフとやらも食え、契約魔術も無いのだから何も気にせず胸の内を吐露するがいい。

 何ならこの後酒でも引っ掛けるか?」


さっきまでの怖かったオスカーはどこへやら、いつものオスカーに戻っている。


クッキー1枚でそんな落ち着くのも凄いな、確かに美味しいけど。


「オスカー様、少々気が緩み過ぎでは?」


「どんな策を講じようと、村の敵では無いのは契約魔術を破棄出来た時点で分かった。

 それにキュウビも一時的に村へ帰るよう迎えを出しておるし、メアリー殿や他のドラゴン族と村の住民でどうとでも出来るだろう。」


「それはそうでしょうけど……。

現状を整理するとロルフさん、いえ――パーン族は敵性種族ですしもう少し気を引き締めてもいいのでは?」


ユリアに正論でツッコまれるオスカー、実際俺もそう思う。


本来の目的で会合はもう無理な状況だし、ロルフには悪いが帰ってもらってパーン族への対策を早急に講じるべきじゃないか?


「ワシの睨んだ通りなら大丈夫だと思うが。

 ロルフとやら、改めてお主の置かれている状況と思っていることを話してみよ。」


「む……わかった。」


クッキーを食べて大分落ち着いたのか、ロルフは話せるくらいの状態にはなったロルフ。


皿を見ると結構な量を食べている、お腹空いてたのか?


「まずは私の状況から話そうか。

 里で私が受けている扱いは異端牢と呼ばれる所に幽閉されている、神の存在を疑ったり上位に反発したりするとこのような扱いを受けるのが通例だ。

 私は前者で幽閉された、最低限の衣食住は保障されているが……飢餓による食糧の調整や間引きは異端牢が悪い意味で優先されるな。」


「見せしめとしてはあってもおかしくない環境だな。

 だがそれだけでは契約魔術をかけられる程でもあるまい?」


「契約魔術の内容は<神とパーン族の繋がりを取り持て、無理なら死を持って同情を買って来い。>というものだ。

 私は死ぬつもりでここに来たのだよ、だからあのように正直に話して怒りを買い一族に復讐しようとした……まさか契約魔術を破って失敗させられるとは思わなかったが。」


なるほどな、目録はパーン族の上位とやらが準備しただけでロルフの意思でこれを遂行しようとは思ってなかったのか。


実際この目録から取引は出来るんだろうが……心情的にはどうもな。


「山羊の獣人如きがワシの怒りを買って震え上がらんと思ったらそういう事だったか、純粋に武力や知恵で戦おうとしないとは……パーン族の上位は陰気臭いのだな。

 村長はパーン族と今後どう付き合っていくつもりだ?」


「悩んでる、とりあえずロルフは村に住んでもらっていいだろ。

 戻っても異端牢とやらに幽閉されるだけだろうし、契約魔術が破られたことがバレたら向こうからも良く思われないはずだ。

 パーン族が何か言ってきたら、食糧でも何でも渡して今後の交流を断絶すればいい。」


俺がそう言うと周りから驚きの声が次々とあがる、どうしたんだ?


「村長が怒ってる……。」


ウーテがぽつりと言葉を漏らした、俺だって怒る時は怒るぞ?


もしかしてそれでびっくりしてたのだろうか、そんな聖人君子じゃないし今までも何回か怒った場面はあったんだけど。


ともかく今回に関しては仲間の命を道具としか見ておらず、上位に位置するパーン族は姿を見せず安全圏から交流の益を享受しようとしてるのが腹立たしい。


こうなったら徹底的に叩いてやろうかとも思うが、そこまでするのは完全に私怨による私刑になってしまうため言葉を飲み込んだ。


「村長と言ったか。

 貴方がパーン族の上位に怒りを覚えているのは見て分かる、だがどうか交流を断絶するのは止めてほしい。

 私は戻らなくていい、村に住めというなら住もう。

 だが飢餓で苦しむ同族を放っておくことも出来ない……食糧難というのは本当なのだ。」


「……分かった、ロルフがそう言うならそれに応じよう。

 正直に言うと、顔も見せない上位とやらに村の食糧を食べて欲しくはないけどな。

 魔族領や人間領だって一族の王が村に顔を見せたり頭を下げたりしてるのに、未開の地に住む小さな里の一種族がそこまで傲慢だとは思わなかった。」


「神への祈りとやらで忙しいのだろう、あれはあれで里と一族の為だと信じてずっと儀式や祈祷をしている。」


最初出会った時のプラインエルフ族以上に宗教に傾倒してしまっているな、それで救われた命がどれだけあるか一度統計を取るべきだと思う。


そもそも存在しない神を崇めているんだ、自己満足と現実逃避でしかないのに。


不安だからこそ村で崇めてる神と取り持てなんていう契約魔術をロルフに掛けたんだろうが――あんな事をせず普通に交流を進めれば何も問題は起きなかったんだが。


パーン族の上位は閉鎖的に暮らして来たのが仇となっているな、外交が下手過ぎる。


「さて、ロルフやパーン族の対応も決まり村長の珍しい姿も見えた。

 会合とやらはこれでいいだろう、後は向こうの出方次第だ。

 そろそろメアリー殿らを迎えに――」


「失礼します!

 会合中申し訳ございません、ですが緊急事態が発生しましたので報告とお力添えをお願いに来ました……!」


オスカーが一旦会合を終わろうとした矢先、顔面蒼白のウェアウルフ族が神殿に飛び込んできた。


「どうしたんだ?」


「メアリー様が……パーン族に誘拐されました……!」


待て、今なんて言った?

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