第171話 人間領の王が突如村を訪ねて来た。

花の季節も半分ほど過ぎただろうか、過ごしやすい花の季節が終わって暑い陽の季節が近づいていると思うと少し憂鬱になる。


だが前の世界の夏と違ってジメジメしていないので、あの夏を20年以上経験している俺からすれば過ごしやすい季節ではあるんだけどな。


ただ気温はこの世界の陽の季節のほうが高い、それと日差しも少し痛いのでシュテフィのような日傘を作ってもいいかもしれない。


以前妻達と話した企みは水面下で進行中、今度ギュンターとも相談したいので空いてる日を伝えてほしいと定期便で言伝を出した。


アレは村じゃなく魔族領でやりたい、そのほうが盛り上がること間違いなしだからな。


妻達と雑談を交えながら企みの事を相談していると、食堂の扉が物凄い勢いで開く音が聞こえる。


扉が痛むからやめてほしいんだが、一体そんなに慌てて入ってきたのは誰だ?


振り返るとリッカが慌てているのと疲れているのと険しいのが混ざったような、とにかくすごい表情をしたまま肩で息をしているのが見える。


「っはぁっはぁ……村長は居る……?」


息を切らしながらリッカが喋る、どうやら俺に用事があるらしい。


「俺なら居るぞ、どうしたんだ?」


俺が食事をしながら返事をすると、俺を見たリッカが真剣な表情をしてこう告げた。


「父上から手紙が届いた、明日この村を訪れるそうだよ。」


なんだって?


リッカの話によると礼儀やマナーを重んじる厳しい人というイメージだ、この村を訪れていいイメージを持ってくれるかどうかわからない。


「俺に何か出来ることはないか?」


少しでも対策を取っておかないとダメな気がする、この訪問で悪印象を持たれて人間領との関係が悪くなっては今後の調味料の食材に影響が出るかもしれないからな。


「とりあえずマナーや礼儀に精通してないことは伝えてるけど……せめて服装くらいは整えたほうがいいかもしれない。

 僕が言う通りの服は用意出来るだろうか?」


「それならケンタウロス族とアラクネ族に助けを求めよう、あの2種族なら何とかしてくれるはずだ。」


俺は出された食事をかきこんで、リッカとケンタウロス族とアラクネ族の所へ向かった。




「しかし訪問なんて急だな、もう少し時間をくれれば色々準備出来たんだが。」


ケンタウロス族とアラクネ族に仕立てのお願いをして、待っている間にリッカと少し話すことに。


「そもそも父上が外部へ訪問するなんてことが異例中の異例だから。

 今頃城は大騒ぎだろうしこの村は大注目だろうさ。」


嬉しくない注目のされ方だな……ますます怖くなってきたよ。


「そんな王がリッカの手紙を読んで訪問したくなるなんて、一体どんな内容の手紙を送ったんだ?」


「人間の村長のおかげで氷の季節に飢えも無く食糧と酒も常時潤沢。

ドラゴン族や古代の吸血鬼を含めた様々な種族が力を合わせて営みをしている、世界最強の村だって書いたけど……悪かったかい?」


俺はリッカの言葉を聞いて頭を抱えた、十中八九その手紙が原因だろう。


最早煽りに近い内容だもんな……魔王のように村の内情をある程度把握している人ならそう言われても納得するだろうが、そうじゃない国や領のトップが実の子にこう言われるとどう思うだろうか。


俺の直感ではあるが、あまりいい印象を与えることはないだろう。


一応メアリーにも相談したほうがいいだろうな、打てる手は全て打って人間領の王でありリッカの父親を迎えたほうがいいだろう。


「やっぱり僕の手紙が悪かっただろうか……。」


「あまりいい印象は与えなかったかもしれないが、書いて相手が読んだ以上どうしようもないさ。

 それにいずれは謁見をしたかったんだし、そのタイミングが明日になっただけだから気にするなよ。

 俺は王を迎え入れるのに他に何か出来ないか相談してくるから、リッカはいつも通り過ごしながら何かアイデアがあれば俺に伝えてくれ。」


「分かった、迷惑をかけてすまない……。」


リッカは悪いことをしたと思ったのか、しょんぼりした顔で鍛錬所に向かっていった――励ましたつもりだったんだけど逆効果だったかな……。


だが今はリッカだけの問題じゃないし、俺もやれることをやらないと。




「そんなことになったんですね、それなら私達もきっちりとした服装をしたほうがいいのでしょうか。」


「お城の人が着てるような服って肩が凝りそうよね、それに胸も締め付けられそうだし。」


「私はポーションを飲んでるとはいえ妊娠してるから顔を出さないでおくわ、赤ちゃんの負担になっても悪いし。」


俺が事情を伝えると、妻達はまず自分の服装の心配をしだした。


今日中に準備しなければならないし心配なのは分かるけど、今は王をどう対応するか考えて欲しかったんだけどな。


「でもカタリナの言う通りですね、肩も胸も苦しいしやめておきましょうか。」


「おいおい、思ったより軽く考えているが大丈夫なのか?

 礼儀やマナーを重んじる厳しい人だと聞いているんだが。」


「開様がそれに精通していないことはリッカさんが伝えているんですよね?

 それなら村がマナーに精通してないかもしれないと少し考えれば分かるはず、いくら厳しいと言えどそれを考慮出来ない人は厳しいではなく傲慢な独りよがりです。

 王の訪問理由を聞いて真摯に対応すれば問題無いと思いますよ、あまりに失礼な事は避けるべきですが。」


確かにそう言われればそうだ、なら俺も無理をすることはないな。


「じゃあ俺もきっちりとした服を着るのは面倒だし、ケンタウロス族とアラクネ族に断ってくるよ。」


「それはダメですよ、開様が主に王の対応をされるのですから。

 それに急な訪問でもそういう服を用意出来るという、村の技術力を見てもらう意味もありますし。」


やっぱり俺は着なきゃダメなんだな、前の世界では嫌々でスーツを着ていたが……ああいう服は本当に動きづらいし嫌なんだけど。


だが1日だけの我慢だ、村とリッカのために一肌脱ぐとするか。




翌日、ケンタウロス族とアラクネ族が作ってくれた服を着て人間領の王が訪問してくるのを待つ。


俺とメアリーにカタリナ、それにリッカで出迎える体制で構えている。


そろそろ定期便がやってくる時間だ、今は2便走らせているが最初の便で来るだろうとリッカが言っていたので停留所で待つことに。


10分ほど待つと馬車がこちらに向かってくるのが見えた、いよいよか……緊張するな。


「緊張しますね、どのような方なのでしょうか。」


「出来ることをやるだけだわ、下手に取り繕っても相手は大きな領の長だし見抜かれちゃうからね。」


「カタリナさん、お気楽過ぎる……。」


カタリナはもう少し緊張してもいいと思う、肝っ玉が太いな……。


停留所に馬車が停止すると、人間領の王らしき人物が降りて来た……他の来訪者が降りてこないのを見るとこの定期便を貸し切りにしたのか?


「出迎え感謝する、私が人間領の王――ダンジュウロウだ。

 そなたがこの未開の地の村の村長か?」


「未開の地の村の村長をしている開 拓志だ。

 リッカの手紙にも書いてあったと思うが、マナーや礼儀にそこまで精通していなくて馴れ馴れしい言葉づかいになることを許してほしい。

 後ろに居るのは俺の妻のメアリーとカタリナだ、ダンジュウロウを出迎えたいと名乗り出てくれた。」


とりあえずそれらしいことを言っておく、2人は俺の言葉に合わせて一礼をしてくれたので間違ってはいないんだろう。


「それは有難い、礼儀が無いと言っていたが長の服を仕立てて出迎える気概も見えたし充分ではないか。

 言葉づかいはあくまで人間領の話、外に出てまで律するつもりはないから安心してくれたまえ。」


良かった……言葉づかいが一番不安だっただけにそう言ってくれて安心したよ。


ということはダンジュウロウが気づかって来訪してくれたのだろうか、護衛もつけてないしもしそうだったら申し訳ないことをしたな。


「父上、お久しぶりです。

 しかし外の視察……ましてや領外など今までに無かったことですが今日はどのような要件でしょうか?」


リッカが跪いてダンジュウロウに質問する、外とはいえリッカは人間領の領民だから大変そうだ。


「リッカの手紙を見て未開の地の村に興味を持ったのだ、人間がどのようにしてドラゴン族を始めとした種族を束ねているのかも気になる。

 だがそれは本音が混じった建前だ……理由は別にある。

それを話す前にこの場を借りてリッカに命を下そう――ここで見た私の姿や言動を他言無用とする、それが出来なければ人間領への帰還を禁ずる。」


「どういうことですか!?」


突如約束を守らなければ勘当だと言い渡されリッカが動揺する、それはそうなるだろう。


「村としてはリッカがずっと居ても問題無いが、流石に可哀想じゃないか?」


俺もダンジュウロウに進言、妾の子とはいっても姿や言動を話さないのを約束出来ないだけで勘当はあまりにひどい。


「仕方ないのだよ、私はここで誰にも見せたことのない姿を見せることになるだろうからな……。」


どういう事だろう、出来れば穏やかに対応を済ませたいのだが。


「ちょちょちょ、父上!?」


突如礼装の鎧を脱ぎだしたダンジュウロウを見て狼狽えるリッカ、ここで裸になるのは勘弁してくれよ!?


「あー堅苦しい鎧も脱いだし羽を伸ばすぞ!

 村長、それにリッカよ――美味い食事と酒をご馳走してくれ!」


その一言で俺のダンジュウロウのイメージが一瞬で瓦解していった、メアリーとカタリナも肩を落としながら笑ってるし。


リッカは何が起こったのか分からず固まっている、想像錬金術イマジンアルケミー以外で人が固まったのを見るのは初めてで俺も少し笑ってしまった。

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