第388話 師匠の命を救えるのは彼しかいない

 もう何度見た光景かわからない。俺が2/3と言う数字をやっと画面に表示させた瞬間に颯爽とゴールする凄腕のレーサー……いや、ゲーマー。彼の名は椿 勇海。俺の大切な友人の一人だ。今日はお互いの時間が空いているので、ボイスチャットをしながらマサカーでゲームをしているのである。


「また負けたー! 何回やっても勇海さんには勝てませんね。やっぱり勇海さんはすごいな」


「いや、俺が強いというよりかは……」


 勇海さんが何か言いたそうな雰囲気を醸し出している。けれど、俺には彼が何を言おうとしているのか見当もつかない。


「勇海さんはどうしてそんなにゲームが上手いんですか?」


「うーん。やっぱり、小学生の頃からの友達にゲームが上手いやつがいて、そいつと競い合っている内に自然と上達したんだよね」


「なるほど。ライバルというやつですか。いいですね、俺の周りには、サッカー部なのに俺にサッカーゲームに負けたのと、将棋が強そうな名前なのに囲碁やってる格ゲーマーくらいしかいないですからね」


「ちょっと情報量多すぎて何言っているのかわからない」


 実際、ライバルがいるかどうかで伸びるかどうかは変わってくると思う。俺がCGデザイナーとして成長できたのは、優れた師のお陰でもある。けれど、ライバルと色々なコンテストで競いあったお陰で更に急速に成長できた気がする。本当に俺は環境に恵まれすぎているな。


「そんなにレースゲームが上手いなら勇海さんは実際の運転も上手そうですね」


「いや、俺は免許を持ってないよ。あんまり外に出なかった時期があったから。今も在宅で稼いでいるようなものだし」


「あー。そうですか……何かすみません」


 ちょっとした世間話を振ったつもりがセンシティブな地雷を踏んでしまった感じがする。


「いや、大丈夫。最近はお陰様で外出の頻度も上がって前よりかは健康的な生活を送れてるし」


「おお! それは良かったです。あー、俺も早く免許取りたいな。そうしたら、師匠を乗せてドライブできるのに」


「えっ」


 勇海さんがなぜか驚いている。今の話のどこに引っかかる要素があるのだろうか。俺には理解できない。


「えっと琥珀君。キミさえ良ければなんだけど、ちょっとマサカーの練習に俺が付きあうよ」


「え? いいんですか? 勇海さんも最近は動画が伸びてきて忙しいんじゃないんですか?」


 合成音声を用いた動画は生声実況よりも手間がかかる。人気投稿者となった勇海さんを待っている視聴者は多いはず。


「大丈夫。これでも動画のストックはある方だから」


「おお、流石ですね」


 勇海さんは計画性がありそうだし、ストックを用意していてもおかしくないか。投稿間隔もきちんと計算していることだろう。


 こうして、俺と勇海さんのマサカーの特訓が始まったのだった。


「まずは簡単なコースからやろう。簡単なコースと言ってもギミックが少ない分、レースゲームとしての基礎的な実力がハッキリと現れるから油断しないようにね」


「はい。やってみます」


 俺は基礎的なコースを走った。スタートダッシュに失敗して、最初のカーブもコースアウト。その後も走りががたがたで何1つ良い所を見せられずに終わった。


「なるほど……スタートダッシュについては後で挽回が効く要素だし、そこまで急いで練習する必要もないけど、カーブが上手くいかないのは早く直した方がいいね」


 勇海さんにダメ出しされてしまった。ちょっと前は俺が彼の動画にダメ出しをしたけれど、今度は立場が逆になったようである。


「カーブですか。確かに勇海さんに比べると上手く行ってないですね」


「ちなみにだけど、琥珀君はカーブする時、画面のどこを見ている?」


「え? どこって? 普通に自分のキャラを見てますよ」


「なるほど。やっぱりそうか。視線の位置をもっと前に置いてみようか。自キャラの進行方向を見つめる感じがいいかな」


「進行方向ですか?」


 視線の位置を変えただけで何が変わるのだろうか。俺としては、もっとこう凄いテクニックとか操作のコツを聞きたかったのに。でも、勇海さんの言うことは素直に聞いておくか。少なくとも俺よりも上手くて経験があるし、このアドバイスもきっと意味があるものなんだろう。


 そんなわけで俺は再び同じコースを走ることにした。スタートダッシュは相変わらず上手く行かない。コースをしばらく走らせると最初のカーブが見えた。俺はいつも通りの感覚でカーブをしてみる。その時、不思議なことが起こった。


「え!? ふぇえええ!? なんで? なんで曲がれた?」


 大回りでコースアウトギリギリであるが、見事に曲がり切ることができた。先程と比べて圧倒的進歩だ。たった1回練習するだけでカーブを覚えるなんて……俺はまさか天才!?


「うん、やっぱり、琥珀君は自キャラに視線を集中させているから、カーブへの反応が遅れるし、その分猶予がなくなって慌ててしまう。それに、カーブする方向をしっかりと見定めることで落ち着いて空間を把握できてカーブに沿って曲がることができたんだ」


 理屈はよくわからないけどとにかく凄そうだ。


「勇海さん、このゲームって曲がれると楽しいですね。俺今までずっと違うゲームやってたみたいです」


「うん。それは良かった。ゲームは楽しんでやるのが1番だよ。最初から上手くなろうと構えないでリラックスしながら上達していこう」


「はい!」


 世界が変わった。正に文字通り見ている景色が変わったというか。俺はずっとゲームのアクション部分は指の動きで決まると思っていた。でも、それは大きな勘違いだった。ゲーマーの視線の位置。その調整。それも上手くなるには重要な要素だったのだ。


 その後も俺は狂ったようにカーブの練習を始めた。もう2度とコースアウトや壁にぶつかったりしない。そんな決意が俺の中に芽生えた。もし、次にマサカーのVtuber大会があるのなら、優勝はショコラがもらうであろう。



 琥珀君の特訓の時間は一先ず終わった。正直、カーブもまだまだ上手とは言えないけれど、最初に比べたら凄い進歩だ。でも、一般的なレーサーに比べたら、それでも成長は遅い方である。綺麗な弧を描いてカーブできるようになるのはまだまだ先の話であろう。でも、とりあえずは褒めて伸ばすことを意識しよう。


「ただいま」


 莉愛が帰って来た。俺は彼女を出迎えるために部屋から出た。


「おかえり莉愛」


「ん。お兄さん嬉しそうな顔してますね」


「琥珀君にマサカーの指導をしてたんだ」


「そうですか。お兄さんは教えるのが上手いですからね。私もお兄さんに教わって上達しましたし。案外、教習所の教官とか向いているんじゃないですか?」


 莉愛がにっこりと笑いながら俺を褒めてくれた。


「教官の前に俺は免許持ってないしなあ」


 よくよく考えれば、免許を持っている莉愛に免許なしの俺がレースゲームの指導をするなんて結構凄いことをしていたんだな。


「最近外出の機会が増えてきたし、免許取ってみようかな」


「お、良いですね! お兄さんならすぐに取れますよ。私も応援しますよ!」


 教習所は基本的に学生が多いし、俺も今は20歳だから年齢的にはアウェイ感は少ない。でも、歳をとってから若者に混ざりながら取るのはちょっとキツいかもしれない。だから、本当に取るなら今というか早い内が良いかもしれない。


 それに、教習所に通うことで本格的な社会復帰の足掛かりになるかもしれない。直接面と向かって話す対象が莉愛とたまに会う琥珀君しかいなかったら、コミュニケーション能力も衰える一方だ。今後の就職活動するかもしれないことを考えたら、免許はあって損はない。前向きに考えてみるか。

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