第376話 なぜそこで平常運転できる
Hiro:琥珀君。今度、莉愛とそっちに行く用事ができたんだ
Amber:本当ですか? 会える時間とかありますか?
Hiro:うん。金曜日の夕方頃にそっちについて、その後に親戚の家に行くからその間に会えるかな
そんなわけで、勇海さんと莉愛さんと会うことになった。住んでいる場所が違いすぎて中々オフで会うことができない。こうした機会は貴重なので、是非とも会いたい。
Amber:電車でこっちまで来るんですか?
Hiro:今回は莉愛の車で行くかな
Amber:莉愛さん。免許持ってたんですね
Hiro:一応18歳だからね。俺は免許はまだ持ってないけど
勇海さんは免許持ってないのか。まあ、彼も色々とあったみたいだし、免許を取る余裕はなかったのかな。まあ、俺は2年後には取っているはずだけど。
◇
金曜日の放課後、俺は真っすぐ家に帰り、待ち合わせの時間までそわそわとしながら過ごしていた。こんな浮ついた気持ちで配信や作業をする気になれないので、リビングで適当にテレビでも見て待っていることにした。
ドラマの再放送がやっていてそれを観る。全く設定も前のエピソードも知らないドラマだけれど、不思議と見れてしまう。刑事に焦点を当てているから刑事ドラマなんだろう。誰が主人公なのかわかりやすいのは途中から見る勢としてはわかりやすくて良い。この刑事は反社の組織を追っている様子だ。
そう思っていたら、なぜか反社の怖そうなおじさんたちが刑事をボコボコにしてしまった。そして、おじさんたちが盛り上がって逃亡してエンディングへ……いや、こっちが主人公かよ! 騙されたわ。
そうこうしている間に待ち合わせの時間が迫ってくる。俺は身支度を整えてから待ち合わせの場所へと向かった。
こちらに住んでいれば何の変哲もないチェーン店のレストラン。しかし、一部地域ではこのレストランがないらしい。その地域に住んでいる人からしたら、物珍しさで行ってみたいんだろうか。勇海さんたちはうっきうきでこの場所を指定した。まあ、俺としても行きなれた場所だから変に気取らなくて済むのはありがたい。匠さんに連れられて行った水が800円するところとか生きた心地しなかったし。
「琥珀君。久しぶり」
「お久しぶりです」
駐車場に既に勇海さんたちがいて挨拶をされた。俺も挨拶を返して世間話を始める。
2人共レストランを前にして落ち着かない雰囲気だ。決して高級店ではない大衆向けのレストランなのに、田舎民からしたら特別な場所になるんだろうな。
「それじゃあ中に入りましょうか」
「うん。そうだね……莉愛。ついにこの日が来たね」
「ええ。夢のようです」
中に入るとまだ時刻は夕方だからか、空席が目立ちつつも人はそこそこいる感じである。これからどんどん混むであろう雰囲気を醸し出していて、最もいい時期に来たかもしれない。
店員にテーブル席に案内されて俺たちはメニューを決めつつも談笑を始める。
「お兄さん。何を食べますか?」
「このチーズインハンバーグとか美味しそうだね」
「良いですね。それ。でも、私はこっちのキノコのパスタが気になります」
2人で1つのメニューを見ながら、楽しそうに笑っているとなんだか微笑ましく思ってしまう。俺より年上に対して言うのも変な話だけどどことなく可愛さが感じられる。
「琥珀君。このお店のオススメはある?」
「オススメですか……シーフードピザが結構人気ですよ」
「うーん、それにしようかな……でもなあ。こっちのチーズハンバーグも良いんだよなあ」
そんなこんなで、勇海さんたちは少し悩んだ後に注文を決めてそれを店員に伝えた。注文した料理が届き、2人は初めて味わう味に感激のリアクションを取りながら料理を完食した。
「あー。美味しかった」
「そうですね。こっちに引っ越したいくらいです」
そこまでの味なのか……と食べ慣れている俺は思ってしまう。別に大衆のチェーン店だし、そこまで特別感はないんだけどな。まあ、水を差すようなことを言うのは無粋だから黙っているけれども。
「そう言えば、琥珀君。ハッカソンで優勝したんだよね。おめでとう」
「はい。ありがとうございます」
既にチャット越しではあるが、祝われているけれど直接会って祝われるとやはり嬉しい。
「やっぱり、キミは凄いな。なんだかどんどんと置いていかれる気分だよ」
「お兄さんは、最近はずっと琥珀さんの話ばかりしているんですよ。それくらい、琥珀さんの優勝を喜んでいるんです」
「莉愛。それは言わないで!」
「あはは。でも本当のことじゃないですか」
なんかそこまで喜んでもらえると、いい意味でむず痒くなってくる。勇海さんは他人の幸福を素直に喜べる真っすぐで素敵な人なんだなと改めて思う。
「勇海さんだって最近は動画が凄い人気じゃないですか。昔に比べたらかなり見違えましたよ」
「そ、そうかな。ありがとう。琥珀君に褒められるとやっぱり嬉しいな」
「私に褒められるよりもですか?」
莉愛さんが首を横に向けて、わかりやすく拗ねている仕草を見せる。勇海さんはその様子を見てあたふたとしている。
「あ、いや。その。莉愛もいつも褒めてくれて凄く嬉しいよ」
「あはは。冗談ですよ。そんなに慌てなくても拗ねたりしませんよ」
実は拗ねてなかった莉愛さんに勇海さんはほっと胸を撫でおろした。
「ちょっとドリンクバー行ってくる」
そう言うと勇海さんは席を外した。その間、莉愛さんと2人きりか。
「ところで、琥珀さん。例の師匠さんの件ですが、最近はどうですか? 上手く行ってますか?」
「うーん……まあ、そうですね。上手く行っているのかちょっと不安になることもあるんですよ」
「そうなんですか? 詳しくお話を聞かせて下さい」
眉を下げた困り顔ながらも相談に乗ってくれるのは嬉しい。師匠との仲を知っていて、かつ相談できる身近な人間は中々にいない。そうした中で莉愛さんの存在はとても貴重だ。
「ハッカソンの準備期間中も俺は忙しくて師匠と中々会えなかったんですよ。そして、終わってみてデートに誘おうとしたけれど、そのデートスポットに師匠は行ったことがあったみたいで結局流れちゃって」
「だったら、別の場所で誘ったら良かったんじゃないですか?」
「あ!」
「あ! じゃないでしょ。もう、何してるんですか。そういうところですよ!」
莉愛さんが呆れた表情を俺に向ける。確かに、折角誘える雰囲気だったんだから、あそこは追撃するべきだったかもしれない。
「でも、断れた時に急に新しいデート先を用意しろと言われても」
「そういうのは常日頃から考えておくんですよ。第1候補だけじゃなくて、第2、第3も考えておくんです。それでもダメだったら、相手の希望するところを訊きだすとか色々やりようがありますよ」
「確かに」
「ふふ。もう応用が効かなすぎますよ。これは、もっと厳しい指導が必要かもしれませんね」
莉愛さんが俺に微笑みかけたその瞬間、俺の背後から気配を感じた。
「Amber君……?」
「あ、師匠。こんにちは。奇遇ですね」
「え? なんで他の女と2人きり? それに指導ってどういうこと?」
「あ、違うんです。私、そういうのじゃないんで……」
「あ、師匠。紹介します。こちら、前に話をしたと思いますが、勇海さんの妹さんの莉愛さんです」
「え? でも2人きり……」
「そして、莉愛さん。この人が俺の師匠です」
2人の紹介が終わったところでドリンクを持った勇海さんが戻ってきた。
「あれ? 琥珀君。その人は?」
「あ、勇海さん。俺の師匠ですよ」
「初めまして。椿 勇海です。琥珀君の友人です」
「あ。初めまして。里瀬 操です……そっか。2人きりではなかったのか。そっかそっか」
「リゼ。何してるの? こっちだよ」
なんか前髪だけ金髪の変な生き物の声が聞こえた気がしたけれど、スルーしておこう。
「あ、あはは。ツレに呼ばれたみたいだからそろそろ戻るか。失礼しましたー」
師匠はそのままアレがいる席へと戻っていった。何だったんだ一体。
「琥珀さん。あなた大物になれますよ」
冷や汗をかいている莉愛さんがボソリと呟く。どういうことだろうか。
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