第365話 隙あらばバカップル

 Vtuberハッカソンを終えて、俺はあるもやもやとした感情を抱えていた。確かに俺は優勝した。優勝チームなのにこんなもやもやを抱えていたら、他のチームに失礼かもしれないけれど、それでも俺はある一点が気になっていたのだ。


 そんなもやもやを解消するために、俺は師匠に電話をかけることにした。


「もしもし、Amber君? どうしたんだい?」


 なんか随分と久しぶりに師匠の声を聞いた気がする。同じ地域に住んでいて、別に遠距離恋愛しているわけでもないのに、なんか遠距離恋愛をしている気分だ。


「師匠。その……Vtuberハッカソンの結果を報告したいと思います」


「ああ。キミが参加していたっていうアレか」


「はい。結果は見事に優勝しました」


「ゆ、優勝? ちょっと待て。参加者に兄貴がいたはずだ。Amber君は兄貴に勝ったのか?」


 師匠が声を荒げる。それ程までに衝撃的な事実だったのだろう。


「いえ。優勝したのは、俺だけの功績ではありませんし、匠さんのチームはミスをしました。それが響いて、入賞を取り逃したのでしょう」


「ふむ……まさか兄貴がねえ。まあ、とにかくおめでとうAmber君。よくがんばったな」


 師匠の声色がいつにも増して優しくなる。なんかむず痒い気持ちになってしまう。


「ありがとうございます師匠。それで……その、優勝したのは良いんですけど、そのやっぱりどうしても自分の中で納得できないものがあるんです」


「優勝したのに納得できないか。なるほど。他の参加者に言ったら嫌味にも捉えられるな。参加者でない私に相談するのは賢い選択だ」


「いえ、師匠に相談した理由はそんなんじゃなくて、ただ単に師匠が1番話しやすいからですよ」


「そ、そうかそうか。ふーん。私が1番話しやすいんだ。へー」


 師匠の声がなぜか上ずっている。なんかこのまま放置していたら、うざ絡みされそうな気配を感じたので、さっさと本題に移ろう。


「師匠。俺はどうしても自分がチームの勝利に貢献したとは思えないんです」


 俺は自分の抱えているもやもやを吐きだし始めた。ずっと気になっていたのはこれだ。俺はこの一点が気になっていて、優勝したのは確かに嬉しいけれど、それと同時に俺に喜ぶ資格があるのかとすら思ってしまう自分もいた。


「俺がやったことと言えば、リーダーであるズミさんの指示に従って行動していただけです。他のチームメイトも……兄さんや八倉先輩はお互いにアイディアを出し合ってシステムを構築していったみたいですし、倫音さんも演者として優れていたからこそ優勝できたんだと思います。ズミさん、兄さん、八倉先輩、倫音さん。誰1人欠けても優勝はなかったと思います。けれど、俺はそうじゃない。俺の代わりに別の誰かが入ったとしても、優勝したんじゃないかなって思ってしまうんです」


 俺はとにかく自分が抱えているものを吐露する。師匠にはずっと世話になりっぱなしだし、俺の弱みも彼女は知っている。だから、今更恰好つける相手でもない。変に遠慮しなくても良い相手だから1番話しやすくて相談しやすい関係なんだ。こんな俺が抱えている想い。他の誰にも言うことなんてできやしない。


「なるほど。大体キミの気持ちはわかった。私は、作品も見てないし、チーム内での行動や立ち位置も見てないからなんとも言えない。けれど、これだけは確信をもって言える。Amber君。キミじゃなかったら、ダメだったと思う」


「え?」


「お世辞で言っているんじゃない。キミも人に仕事を任せる立場になったらわかると思うけれど、人に託すことは意外としんどいものだぞ。この人になら仕事を安心して任せられる。そう思わせてくれる人材がどれだけ貴重なことか。多分、ズミさんもキミだから安心して指示が出来たんじゃないかなって思うんだ」


「俺だから……ですか」


 確かに、あの人はネガティブだし、あがり症な部分もある。けれど、俺に対する指示は的確だったし、遠慮や不安のようなものも感じられなかった。


「でも、俺はズミさんが堂々と指示をくれたからこそ動けたんです。もし、ズミさんの指示が二転三転していたり、不安な顔を見せたりしたら……俺だって使い物にはならなかったと思います」


「結局そこなんだよ。ズミさんが良いリーダーでいられたのは、キミがズミさんと良い関係を築いていたおかげなんだ。他の誰でもない。キミだからこそ……だ」


 俺だからこそ……確かに、もし俺じゃなくて虎徹さんがズミさんの下に着いたら……あの人は確実に委縮してしまっただろう。そう考えると、俺の代わりは誰でも良いってわけじゃないことがなんとなくわかってきた。


「なんて。勝手にズミさんの気持ちを代弁してみたけれど、多分合っていると思うぞ。リーダーの自信が最もつくのは、良い部下に恵まれた時だ。それは、ズミさんだろうが、私だろうが、兄貴だろうが変わらないだろう」


 師匠はまるで世界の真理のような語り出した。確かに、部下の出来が悪かったら、リーダーが自分のせいではないかと責任を感じて自信の喪失に繋がりかねない。


「そりゃ、確かにキミはメインで活躍してなかったかもしれない。けれど、サポートとしてこれ以上ない活躍をしてくれたと思う。私はキミがどう思うと、誰にだって自慢してやるさ。私の弟子はVtuberハッカソンで立派に優勝に貢献したとな」


「師匠……ありがとうございます。俺だって自慢してやりますよ。師匠より良い彼女はいないって」


「んな! 何を言っているんだ。キミは! もう! 私は忙しいから電話を切るぞ!」


「あ、すみません。忙しいのに。でも、今日はありがとうございました。お陰で元気が出ました」


「ああ。それは良かった。では、またねAmber君」


「はい。また」


 師匠との電話を終えて俺は妙にすっきりとした気持ちになった。心のもやもやはすっかりと晴れて清々しいほどにいい気分だ。



「みな様おはようございます。バーチャルサキュバスメイドのショコラです。本日は私の雑談枠にお越しくださりありがとうございます」


『ショコラちゃんおはよう』

『なんか今日、声明るくない? 良いことあった?』


「そうですか? 声明るいですか? ふふん。良いことがあったかどうかはご想像にお任せしますよ」


『まさか、彼氏ができた? どこの馬の骨だよ。俺のショコラちゃんに手を出しやがって』

『男の娘やぞ!』

『男の娘でも彼氏ができる時はできるんだよなあ』


「あはは。サキュバスに性別はないから、彼氏とかそういう概念はありませんよ。ははは」


 まあ、恋人に相談して悩みが晴れたという点ではある意味間違ってないのかもしれない。それにしても声色だけで感情を読む能力者がショコラブの中に紛れ込んでいるとは恐ろしい世の中だなあ。


「本日はゲストをお呼びしておりますよ。それはこの方です。庭師のモンブラン様です!」


「はい、ショコラブのみんな。元気かー……」


「ちょ、モンブラン様が元気なさそうじゃないですか!」


「ああ、ごめんなさい。ちょっと落ち込むことがあって」


『ショコラちゃんが元気なのにモンブラン姉御が元気ない? 妙だな』

『多分精気を吸い取ったからだと思うんですけど』

『女の子やぞ』

『女の子でもサキュバスの魔力で生やせるんだよなあ』


 なに言ってんだこのコメ欄は。


「落ち込んだ時は誰かに吐きだしてみるのも手ですよ。私もそれで気分が晴れることがありましたし」


 現に師匠に吐きだしたお陰でかなり楽になったからな。


「まあ、なんというか。とあるイベントで代役で参加したんだけどなあ。結局、そのイベントで入賞逃してしまったから、アタシが代役じゃない方がマシだったって思うと自己嫌悪の感情がどうしても出ちゃうんだよな」


「そうですか……それは残念でしたね」


 なんていうか……俺は下手に他人の悩み相談に乗らない方がいいと思った。なんか余計に傷口を開く一言が出そうな気がしたし。

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