第364話 次回、久しぶりに師匠を登場させるかショコラの配信するか悩むわー(´・ω・`)
「では、第2位の発表をします。ドゥルルルルルルル」
また口のドラムロールをやる運営。頼む……2位でも良い。2位でも良いんだ。入賞さえしてくれれば……!
「ドゥン! Dアーティファクト株式会社第二開発部」
名前を呼ばれたチームの人たちが湧きたった。なぜか、虎徹さんまでガッツポーズをしている。あなた違うチームでしょうが。自分を負かしたチームが喜んでいるのに便乗するわけのわからない行動を取っている。
「キレてるよー! すっごくキレてるよー!」
マッチョ系クリエイターの秀明さんがマッチョが壇上にあがっていないのみも関わらず謎の応援をしている。マッチョ断ちをしすぎたところに入賞の喜びが加わったことによる精神の落差で幻覚でも見ているのだろうか。かわいそうに。
さて、2位が決まったってことは……残る枠は1位しかない。ここで名前を呼ばれなければ、俺たちは何の成果もあげられずに終わることになる。左胸に手を当てると心臓がドクドクと脈打っているのがわかる。口の中が渇いてきて身も心も緊張状態であることが嫌でもわかってしまう。
「では第1位の発表をします。ドゥルルルルルルルルウルルウウウルルウウル」
人生においてこれだけ緊張した瞬間というのは初めてかもしれない。何度も経験しても慣れることはないプレッシャー。それどころか、しっかりと実力をつけてきて自信を持っているからこそ、良い結果が出る可能性が見えてくるのだ。実際、小学生の時に出した絵画コンクールとか結果発表までは全く緊張しなかった。あの時はまさか大人だらけの環境で自分が受賞していたとは思ってなかったからな。ダメで元々って思っている方が緊張とは無縁で、実力をつけて勝ちの目が出てきた時の方が緊張するのは何の皮肉だろうか。
「ぎゅるるるるうるうるるううるるるうう」
それに今回は仲間と一緒に作品を作ったという今までの俺にはない経験をしたというのもある。今までは例えコケても個人の自己責任。そう割り切ることができた。けれど、今回は違う。俺の失敗のせいでチーム全体に迷惑がかかってしまう可能性だって十分ありえる。そうなった時に、もし優勝を台無しにしてしまったのなら……! 俺は悔やんでも悔やみきれない。
「じゅるるるるるるるるう」
運動会や合唱コンクールとかの学校行事でもクラスメイトと共に1つの目標に向かってがんばるという経験はしてきたことがある。けれど、それは大体学校側から与えられる強制イベントで自分の意思じゃなかった。だから、特に緊張とかもせずに臨めた。別に優勝したらまあいいかなとか何が何でも優勝したいって思いは俺にはなかったからな。むしろ、俺は練習の時にちゃんと歌わないで女子から「男子ちゃんと歌ってよ!」って怒られることがあったけ。ちなみにその女子はかなりの音痴だった。
「どぅるるるるるうるうるう」
今回は俺たちのチーム全員が自分の意思で参加している。だから、全員がもちろん優勝したいと思っているし、それを目指してがんばってきた。そんな経験は初めてなんだよ。運動会も合唱コンクールもクラスの中には必ずふざける奴はいる。俺もそいつらに引っ張られる側だったけど、仲間と共に真剣に挑戦するのは今回が初めての経験かもしれない。だから、ここで勝ちたい。
「とぅるるるるるるん」
長いなー! いつまでドラムロール鳴らしてんだよ。もうこれ以上、心の中でできる自分語りはねーよ。このままだと自分語り通り越して走馬灯のように人生語るハメになるわ! 絶対運営側ふざけてんな。
「デン!」
来たか!
「優勝は……! チーム空飛ぶフカヒレモンスター教!」
なんだよこのふざけた名前のチームは。こんなのが優勝したのかよ……はあ、やっぱりダメだったか。
「よっし! やったぞ! 倫音!」
「やったー! 仁君! やったよ!」
抱きあって喜ぶ八倉先輩と倫音さん……そっかー。八倉先輩のチームが優勝したのかー。そっかー……あれ!? 俺、八倉先輩と同じチームじゃん。え? 俺、ずっとこのふざけたチーム名だったの?
喜ぶ男女2人。同じチームなのに、状況が飲み込めてない3人。そういえば、俺たちチーム名確認してなかったのか。作業スペースはブース番号で把握していたし、配信の時もチーム名を聞き逃していたのかもしれない。電車で駅名を聞き逃すとかよくある現象だし、特に気にも留めてなかった。
なんだろう。この肩透かし感は。優勝したのに、まだ実感が沸かない。
◇
その後、主催者のありがたい閉会の言葉の後にハッカソンのイベントは終了した。……と言っても、会場の後片付けがあるので、すぐには帰れない。俺たちはチームで固まって撤収作業をしていると、匠さんがこちらに近づいてきた。
「琥珀君、八倉さん、ズミさん。優勝おめでとうございます」
「しゃ、社長!? あ、ありがとうございます」
「ははは。ズミさん。優勝したんですから、そんなに噛まなくても」
優勝と噛むことについての因果関係はよくわからないけれど、優勝したんだから堂々としろって匠さんは言いたいのか?
「ありがとうございます。里瀬社長。あなたが僕を拾ってくれなかったら、ここまで活動を続けてこれたかはわかりません。続けてこれたからこそ今がある。この優勝は社長のお陰でもあります」
「ははは、俺はきっかけを与えたにすぎませんよ。そのチャンスをものにして、ここまで来たのは八倉さんが努力した成果だと思います」
謙遜しつつ相手を褒めるテクニック。すげー。これが大人の会話なのか。
「匠さん。ありがとうございます……その、残念でしたね。本番で失敗して」
「ああ、まあ失敗なんて社会人になってもよくあることだよ。この失敗を活かして次のために活かせばそれは価値のある失敗だ。失敗が許されない場でしなかっただけマシさ」
「失敗が許されない場って具体的には」
「まあ、大口の仕事がかかっているプレゼンの場とかね……そんな時に失敗したら冷や汗だけで水たまりができるレベルになる」
「経営者も大変なんですね」
しゃべりながら椅子とか机とか片付けていると、虎徹さんとも遭遇した。虎徹さんは匠さんの顔を見るなり、苦い顔をした。
「やあ。こてっちゃん。3位おめでとう」
「ああ、ありがとな」
「珍しいね。素直に受け取るなんて」
「流石に祝いの言葉に突っかかるほど野暮なことはしねーよ。その、匠! 今回は結果的には俺の勝ちだけどな! 別に俺は勝ったとは思ってないからな! 次は失敗なんかすんじゃねーぞ。お前がそんなんだと張り合いがねえんだよ!」
それだけ言うと虎徹さんは椅子を持ってそそくさと移動した。
「匠さん。なんなんですかねえ。あれは……」
「彼にとっては、入賞よりも俺の実力を上回ることに意味があったんだろうね。結果よりも重視するものがある。それは先を見据えているからだ。こてっちゃんはまだまだ伸びる逸材だよ」
匠さんは嬉しそうに笑った。まあ、この表情をみたら虎徹さんが余計に突っかかりそうな気がしそうでもない。
「はあ……はあ……重い……」
パイプ椅子を1つだけ持って息切れしている秀明さん。彼女はマッチョが好きだけど、本人は細身の女性だし断食もしていたらしいので力仕事をさせるのは酷な話だ。そんなに辛いなら無理しないで休んでいてもいいのに。
その時だった。秀明さんがよろめいてしまった。危ない。そう思った瞬間——
「おっと……大丈夫ですか?」
強面の男性が秀明さんの体を支えた。あの人は確か……兄さんの部下と同じチ-ムの人だったな。
「あ、ありがとうございます。すみません、ちょっと貧血かもしれません」
「そうですか。なら無理をしないで下さい。これは私が運んでおきますから」
「あの……いい筋肉ですね。細マッチョ体型も良いかも」
「……? はあ、そうですか」
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