第363話 一人芝居

 ハッカソンのイベントももう終盤だ。残りのチームも数が少ない。そんな中で次のチームは、兄さんの部下の人がいるチームだ。確か小弓さんって言ったか。一体どんな配信なんだろう。


 画面が映し出される。そこに表示されていたのは教室を背景に教壇に立つ2人の教師と着席している生徒と言った普通の授業風景だ。一体どの3Dモデルを演者が使うんだろうか。これだけ3Dモデルがいるとその予測もつかないな。


「はい、注目」


 パンパンと角刈りの強面の男性教師が手を叩く。ドスの効いた声で生徒を脅すかのような声色だ。聞いているこっちもなぜか怒られているような気がしてくる。


「今日、職員室の窓ガラスが割れた事件があった。ボールが投げ込まれてな。そのボールはウチのクラスで使用しているものだ。つまり、犯人はこの中にいる」


 男性教師が凄む。カメラのアップが女性教師に切り替わり……女性教師がおろおろとする仕草を見せた。そして、再びカメラのアップは男性教師に切り替わる。


「誰がやったか正直に言えー。じゃないと今日は家に帰さないからな?」


「先生ー! 俺らがやった証拠はあるんすか?」


 金髪の逆立った髪の毛の不良生徒が机に脚を乗せてやる気がなさそうにそう言う。ん? なんだ? なんか声に妙な違和感があるな。聞き覚えがあるっていうか……声の感じを変えてはいるけれど、男性教師の人と同じ声か?


「だからさっきも言っただろ! ウチのクラスで使っているボールが使われたって」


「いやいや、そんなの他のクラスのやつらが俺らのボール盗んでやった可能性もあるでしょ。その可能性を考慮しないで自分のクラスの生徒を疑うのは良くないと思いまーす」


 やっぱりそうだ。聞き比べてみると一目瞭然だ。これは……まさか一人芝居か! 複数の3Dモデルを1人の演者が使い分ける。でも、そんなこと可能なのだろうか。キャラの動きを同期させると1人1体が限界ではないのだろうか。影分身の術でも使わない限り、2キャラ以上を同時に動かす方法なんてあるわけがない。


「なるほど……上手いね」


 ズミさんがふと呟く。俺はその言葉にピンときた。そうだ! カメラワークだ! さっきから映像はキャラのアップが多い。つまり、最初の全体を映した時以外、1画面につき1キャラしか映っていない。現在同期しているキャラにのみカメラを向けることで、他のキャラが全く動いていない魂が抜けた状態の違和感を消しているんだ。


 それに、このシチュエーションも上手い。教室で教師が説教している。その状況なら多くの生徒は微動だにしないのも不自然じゃない。だから最初に全体を映すことができたんだ。これが、全体が動いていないとおかしい状況。例えば運動会とかだったら詰んでいた。技術的に物理的に実現が難しいことを工夫で成立させているように見せているんだ。


 ただ……この演者にはかなりの負担がかかっていると思う。なぜならば、教師は立っている状態なのに対して、生徒は座っている状態である。つまり、動きが同期しているキャラが入れ替わる度に立ちの姿勢と座りの姿勢を繰り返さなければならない。いわばスクワットとほぼほぼ同じ動き。これが終わる頃には下半身の筋肉がムキムキになっているころだろう。


「おい、お前ら……目を瞑れ。いいか、職員室の窓を割ったやつは正直に手を上げるんだ。いいな?」


 ここで画面が暗転する。生徒が目を瞑った表現をしているのだろうか。


「よし、目を開けて良いぞ」


 その声と共に画面がスッと明るくなる。そして、男性教師が一言。


「副担任先生。正直に言ってくれて偉いです」


「なんでバラすんですか!」


 最後は副担任の女性が野太い声でオチをつけたところで配信は終了した。なんだろう。自分が普段女性キャラの声を当てているせいか、普通に異性の声は出せて当たり前みたいな……まあ、暁さんの影響もあるんだろうけど全人類が両声類の素質があると錯覚していた。当たり前のことだけど、普通の男性は女性の声が出せないようである。



 そんなこんなで最後のチームの配信が終わったところでVtuberハッカソンのライブ配信は終わった。無事に成功を収めたチームや、トラブルに見舞われたチームもあり、中々に楽しめたイベントだ。さて、この後は審査員の評定を元に優勝チームの発表がある。それまで、ご歓談ということだそうだ。


「兄さんたちお疲れ様」


 配信作業をしていたメンバーたちがそれぞれのチームへと帰還する。倫音さんはダンスが終わって着替えをした様子だ。化粧のノリも違うから汗をかいて直したんだろう。


「まずは、みんなお疲れ様。やれるだけのことはやった。後は結果を信じて待つのみだよ」


 八倉先輩がみんなを励ます。CG班のリーダーはズミさんだったけれど、チーム全体のリーダーは間違いなく八倉先輩だろう。指揮を執ってくれることも多かったし、精神的に励ましてくれる良いリーダーだった。俺も将来リーダーを務めることがあったら、彼を参考にしてみようか。


「うぅ……緊張してきた」


 ズミさんは結果発表までの間、気が気ではないと言った感じで目が虚ろになっている。


「琥珀。俺たち優勝できると思うか?」


「どうだろう? 他のチームのみんな凄かったからね。優勝したいけれど厳しいかなってのが正直なところかな」


「まあ……そうだな。八城や小弓。あいつらの凄さは俺が良く知っている。八城はともかく、小弓には勝たないと上司としてのメンツが保てないから、小弓のチームよりかは上に行きたいな」


「社会人って大変だねえ。上司と部下の関係性とか面倒じゃないの?」


「ああ、ハッキリ言って面倒だ。俺はまだギリギリ管理職じゃないから良いけど、中間管理職とか上司と部下の板挟みにあって辛そうだもんな。実際、上司見てると……まあ、そりゃ健康診断引っ掛かるだろってレベルでストレスかかってるのが目に見えてわかる」


「怖っ! 社会人怖っ!」


「まあ、人間は中年になれば体のどこかしらに異常がでるものだ」


 昔は兄さんと一緒にゲームしたり、バカな話をして楽しんだりしたけれど……今ではこうした社畜話も出てしまう。これが大人になるってことか。辛いなあ。


「ただいまより、審査結果の発表に移りたいと思います」


 来た……運命の瞬間だ。どのチームが勝つか、それはまだわからないけれど、もう結果は出ていてそれは覆らない。


「3位から順番に発表していきたいと思います。ドゥルルルルルルウ」


 口で言うのかよ。ドラムロールの音源くらい探せばその辺にあるだろ。もっと予算かけてもろて。


「3位、代表者、八城 辰樹。『動物大好きクラブ』」


 動物大好きクラブ……なんだその癖があるチーム名は。もう少し捻ったものはないのか。


「っし! 優勝逃したけど、3位は大健闘だな」


「やったー! やりましたよ八城さん」


「そうだね。日高さんが頑張ってくれたお陰だよ」


「3位か。まあ順当な順位か」


 虎徹さん、日高さん、八城さんがそれぞれ喜びの表情を浮かべている。一方で稲成さんの表情は……まあ読めないか。あの人、表情だけじゃなくて空気も読めない人だし。子供の遊び場である公園にあのフォックスマスクで来たのは犯罪だろ。


「八城。おめでとう」


「ありがとう。大亜君。キミも入賞できるといいね」


 兄さんは八城さんを讃えた。八城さんも自分が3位で浮かれている状況なのに、他人の入賞をナチュラルに願ってくれるなんて良い人だなあ。


 俺たちは……入賞できるのだろうか。残りの枠はもう2位と1位しかない。優勝したいって思いはあるものの、2位あたりで名前を呼ばれて楽になりたい気持ちもある。そんな矛盾した想いが俺の心にもやもやを作った。

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