第343話 こいつら本当に対決が好きだな

「どうかな? 悪い話じゃないと思うんだけど」


「うーん……」


 八倉先輩の提案にズミさんは悩んでいる様子だ。ただ、俺は1つ気になることがあった。


「裏方の制作スタッフは俺たちがやるって言うのはいいんですが、肝心のVtuberは誰がやるんですか?」


 俺も一応Vtuberをやっている身ではあるが、それは宣伝も兼ねた副業的な立ち位置なので今回のVtuberハッカソンに演者として参加するのは遠慮したいところだ。


「それはこちら側で既に彼女と話をつけているから大丈夫」


「彼女……女性なんですね」


「当たり前でしょ……いくら僕でも、男と付き合う趣味はないよ」


「え? 彼女って代名詞的なやつじゃなくて恋人的なやつですか?」


 俺は思わず訊いてしまった。八倉先輩って恋人がいたんだ。まあ、この外見ならばいる方が自然か。


「ほら、この人だよ」


 八倉先輩がスマホの画面を見せてきた。そこには、八倉先輩と並んで笑顔を見せる女性の姿があった。


「わあ、綺麗な人……いいなあ」


 ズミさんが己の欲望に忠実な呟きをした。確かにこの造形は美人寄りな感じだ。


「彼女はバックダンサーをやっている。運動神経も良いから、多少無茶なモーションにも応えられると思うよ」


「なるほど……複雑なモーションを表現できるのはアピールの1つになりますね。声とか演技とかも良い感じですか?」


「流石に本職の声優や俳優に比べると見劣りすると思うけれど、一般的な水準よりかは上だと思う。一応芸能関係の仕事だし、そういう人たちと接する機会も多いしエキストラの仕事もしたことがあるって言ってたからね」


 俺の問いにほぼほぼ理想的な返しが返ってきた。確かにこれ以上の人材を見つける方が難しいくらいだ。こんな優良物件の彼女を捕まえた八倉先輩の器量に感謝しつつ、俺は心の中で参加を決意する。


「八倉先輩。俺は参加したいです」


「おお、賀藤君。やってくれるんだね。ありがとう。魚住さんはどうしますか?」


「えっと……僕は……」


「ズミさん、やりましょうよ。ズミさんが参加してくれたら、最高のチームになると思います。こんな好条件のチームなんて今後組める機会は、もうないかもしれません」


 というかズミさんが参加してくれなかったら、俺が恋人の間に割って入る変な感じの人になってしまうから、その異質さを軽減するためにも参加して欲しい。


「うん。わかった。琥珀君がそこまで言うなら僕も覚悟を決めるよ」


「おお、2人共ありがとう。これで最高のチームが組めた。これで優勝も現実的なものになってきたよ」


 八倉先輩が喜んでくれている。それだけで参加を決めた甲斐があったと言うものだ。


 ただ、まあ……正直なところ優勝賞金に目が眩んでいるというのはある。だって、俺は師匠に指輪を買ったせいで金欠状態なのだ。一応、定期預金を解約すればお金は戻ってくるけど、解約にもデメリットがあるし手を付けたくないお金には手を付けたくない。


「さて、それじゃあ役割分担を決めたいけど……まずは、Vtuberの演者は決まってる。システム面での構築は僕がやる。元々そっち方面の仕事をしていたから、任せて欲しい。となると、賀藤君と魚住さんが共同して3D素材の作成をやって欲しいんだけど、どっちをリーダーにするかって問題が出てくる」


「リーダー……ですか?」


 確かに意見がぶつかった時に、どちらの意見を優先すべきかを決める必要はあると思う。なぜなら2人だと多数決での決定ができないからだ。お互い譲らなかったら、その時点で制作が頓挫してしまう危険だってある。その時に、最終的な決定権を持つリーダーが不可欠だ。


「それなら琥珀君の方が良いと思います。彼は、コンテストで優勝経験があります。少なくとも僕よりかは実力が上のはずです」


「いや、賀藤君には悪いけれど僕は必ずしもそうとは思わないかな。審査基準が変われば、魚住さんが優勝していてもおかしくなかった。早々に退場して佳作止まりだった僕はともかく、賀藤君と魚住さんの間には明確な差はないと思ってる」


「そうですね。八倉先輩の言ってることは正しいと思います。クリエイターの成果物の出来なんてブレていて当たり前。その時々で勝敗は変わるはずです。あの時は俺の方が調子が良かったかもしれないけれど、今はどうかはわかりません」


 俺だってズミさんに勝てたのは奇跡だと思っている。もし、俺とズミさんが別のグループに割り当てられて最終審査で競うことになったら……勝てていたかどうかはわからない。


「そこで、2人にお願いがあるんだ。Vtuberハッカソンの開催までまだ時間があるから、現状の実力を示す作品を見せて欲しい。僕が公正な目でジャッジして、どっちがリーダーとして相応しいか作品で見極めたいと思う」


 まさか、思わぬところでズミさんとの再戦の機会がやってきてしまった。今回はチームを組んでの大会だったから、ズミさんとはぶつかることはないと思っていた。それだけに対決を喜んでいいのかどうか複雑な気持ちだ。


「え、ええ! 僕が琥珀君と勝負を……?」


「魚住さんだって賀藤君と直接対決で負けたままと言うのも嫌ですよね? ある意味リベンジできる機会だと思いますよ」


「俺は全然構いません」


「……わかりました。僕も逃げません」


 ズミさんがあっさりと決意をしてくれた。正直、もっと渋るかなと思ったけど意外だ。まあ、今回の対決はリーダーを決めるだけでそこまで強いプレッシャーがかかるものではないからかな。


「よし、決まりだね。作品の用意ができ次第、僕のメールに送って欲しい。審査基準は作品のクオリティのみで、制作にかかった時間は考慮しないよ」


 こうして、今後の方針がある程度固まったところで今回はお開きとなった。俺はまだ高校生だと言うことで、俺の分の飲食代は八倉先輩が負担してくれることになった。やっぱり、こちらの懐事情が寂しい時に持つべきものは懐が深いOBだ。


 遠くから来た八倉先輩が先にタクシーで帰って、徒歩圏内の俺と駅まで歩いていくズミさん。2人の帰路は途中まで一緒のため、一緒に歩いていくことになった。


「なんか大変なことになったね」


「ええ。でも、やりがいはあると思いますよ」


「Vtuberの演者がちゃんと他にいて良かったね」


 ズミさんが意味深なことを言って来た。ズミさんが言おうとしていることはわかった。彼はショコラの正体を知っている。事情があって俺がバラしたからだけど。


「確かに、あのメンツだったらVtuberとして慣れているのは俺しかいませんね」


 流石にショコラ以外にキャラを演じるつもりなどは俺にはない。ショコラを引退する時は俺がVtuberを引退する時だ。転生はありえない。


「ズミさん……ハッカソンって他にどんなチームが出るんでしょうかね」


「事前にチームを組んでくる場合と、お一人での参加から急造でチームを組む場合があるって言うからね。どんなチームが来るのかは想像できないよ」


「全く知らない他人が組むこともあるか……その作用でどんな作品ができるのか楽しみだな」


「そうだね……っと、もう駅に着いちゃった。じゃあね琥珀君」


「ええ。それではズミさん。次はVtuberハッカソンで会いましょう」


 次に会う時、どっちがリーダーになっているかはわからない。正直、俺はズミさんがリーダーでもチームとして勝てるならそれで良いと思う。けれど、やっぱり……勝負するからには負けたくない。俺がリーダーとして、チームを引っ張って勝利に貢献する。それが理想の形だ。

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