第342話 ママ友会(全員男)

 高校近くの小料理屋。存在は知っているけれど、店に入ったのは今日が初めてだ。小料理屋なんてちょっと大人な雰囲気の洒落た店なんて俺にはまだまだ縁が遠いを思っていたけれど……大人に誘われて俺は今ここにいる。


「賀藤君はこの店に来るのは初めてかな?」


「そうですね。高校生が中々来る場所ではありませんから」


 八倉 仁平。俺の高校のOBにして、ママ友と言うか、同じ道を志しているライバルというか、まあなんというか不思議な縁がある人だ。今日は八倉先輩に誘われてきたのだ。なぜか隣にいるズミさんと一緒に……


 このメンツと言えば、海のコンテストに参加しているメンバーだな。もう1つの共通点と言えば同じ箱のママであるということだ。秀明さんはこの場にいないし、八倉先輩は俺がショコラであることを知らないから単に偶然の一致だろうけど。


「まずは……賀藤君も魚住さんもおめでとう。僕も一応佳作だったけれど、やっぱり2人の方が賞としてグレードが上だからね。素直に賛辞するよ」


「ありがとうございます八倉先輩。八倉先輩だって十分めでたいじゃないですか」


 言った後で気づいたけれど、グランプリに輝いた俺が言ったところで嫌味にしか聞こえないだろうか。


「ありがとう賀藤君。素直に受け取っておくよ」


 八倉先輩はどうやら気にしていない様子だ。心が広いというか、曲解しない人で助かった。世の中には根性がねじ曲がった人がいてなんにでも悪い風に捉える人がいるからな。


「それにしても珍しいメンツですね。このメンツに何かしらの意味はあるんですか?」


「あ、それは僕も気になってました」


 俺の疑問にズミさんが追従する。俺と八倉先輩は色々と縁があったし、何度か話をした仲だけど、ズミさんと八倉先輩は何かしらの関係性があるのだろうか。


「ああ。その話なら後でするというか……まあ、最初はお互いの近況報告とかしながら料理を楽しもう。魚住さんは飲むタイプですか?」


「いえ、僕は今日は途中まで車で来たので……」


「そっか。2人共飲めないのなら僕だけ飲んでも仕方ないか」


「なんかすみません」


 この手の店はお酒で利益率を上げているという話を聞いたことがある。料理だけ頼んでなんにも飲まないこのグループは店の売上に貢献しないから店からしたらあまり好ましくないのかもしれない。


「まあ、とりあえず。この店のオススメのメニューを適当に頼んでおくから、個別に注文したいものがあったら、各自注文するって感じでお願い。大将! とりあえず、刺身の盛り合わせとキンメダイの煮つけと――」


 常連客らしい迷いのない注文をしていく八倉先輩。


「あいよ。それにしても仁ちゃん久しぶりだね。元気してたかい?」


「中々顔出せなくてごめん大将。職場が変わった都合でこっちの地域に顔出し辛くなっちゃったんだ」


 八倉先輩は20代の頃は本人曰く面白くない仕事をしていたんだったな。それで仕事をやめて一旦海外に行き、日本に帰ってきたから……やっぱり生活圏そのものが変わっちゃったのか。


「いいってことよ。みんなそれぞれ生活があるからな。こうして、たまに来てくれるだけでも嬉しいのさ」


 俺は八倉先輩と大将のやりとりを見てあることを思った。


「なんかいいですね。こういう行きつけのお店があるって。大人っぽくて憧れてしまいます」


「スマートな大人って言うのは、こういう隠れた名店を知っているものなんだ。賀藤君もその内、自分だけの名店を見つけられるはずだ」


「おいおい仁ちゃん。名店なのは否定しないけれど、隠してるつもりはねえぞ」


「あはは。これは失礼」


 八倉先輩と大将は笑っている。こういう軽口を言いあえる関係性か。いいなあ。俺の場合は軽口が軽口じゃなくなる可能性があるから、こういう関係築くの難しいんだよな。



 大将の料理は美味かった。それはもう、なんでこの店がタイヤ屋が発行しているガイドブックの星を取ってないのか疑問に残るレベルである。いや、星を取ってるレベルの店に行ったことないから、知らんけども。


「それで、あのコンテストの結果を突きつけたら、あっさり就職が決まったんだよ。これまで全敗だったことを考えると、やっぱり30過ぎのオッサンにはこれくらいの実績がないと社会は厳しいんだなって実感したよ」


「八倉さん就職が決まったんだ。いいなあ。僕も今はフリーで細々とやっているから、早く新しい職場を見つけたい」


「魚住さんの実力ならすぐに新しいところ見つかるんじゃないんですか? 前の会社を辞めた理由も魚住さんのせいじゃないんだし」


「やっぱり条件に合うところが中々ないんですよね。フリーで活動していた方がマシってレベルの賃金を提示されても……って感じで結局首を縦に振れないんです」


「そうですねえ。やっぱり、この業界は中々正社員になるのも難しいし、正社員とフリーの悪いとこどりの条件の契約社員っていう最悪の道もありますからね。僕はとりあえず、正社員登用してもらえるなら、多少条件の悪さにも目を瞑れますが、魚住さんは前は結構条件の良い会社に勤めていたみたいですから、中々基準を下げられませんよね。やっぱり」


 おおよそ高校生の俺にはついていけない大人の会話が聞こえてくる。親の庇護のもと、能天気にフリーで活動している俺にとっては、自分で生計を立てなければいけない重みをまだ理解できてないのかもしれない。俺のお金を稼ぐモチベも生活資金じゃなくて小遣い稼ぎだったし。あの時も切羽詰まっていたけれど、生活が破綻するレベルじゃなかったからな。


「さてと……そろそろ2人には、今日呼び出した本当の理由を話しておこうかな」


 八倉先輩が急に話題を変えた。そして、タブレット端末を取り出して、あるウェブサイトを俺とズミさんに見せた。


「これは……Vtuberハッカソン? って何ですか?」


「ハッカソンの語源は、ハックとマラソンを掛けあわせた造語とされている。つまり、ソフトウェア開発に携わる分野の人が集まって、1つの目標に向かって走る。そんなイメージかな」


 俺の疑問を解説してくれる八倉先輩。元はそっちの畑の人間だから詳しいのか。


「へー。そんなイベントがあるんですね。でも、“Vtuber”ハッカソンってありますよね? 普通のハッカソンとは違う感じですか?」


「ああ。このハッカソンの目的は、数人のチームを作って、Vtuberを作り出して簡単なPR動画を撮影すること。そして、最も優秀なチームには賞金が支払われることになっている」


「八倉先輩は出るんですか?」


「ああ、もちろんさ。チームは事前に決めるパターンと当日にチームが決まってないメンバー同士が組むパターンがある。けれど、僕は賀藤君と魚住さんにチームになって欲しいんだ」


「え? ぼ、僕ですか?」


 ズミさんが困惑している。まさか八倉先輩に誘われると思ってなかったのだろう。


「チームって言うのはただ単に実力が高い人を集めるだけで成立するものじゃない。実力はもちろん大事だけど、それ以上にメンバーの相性の良さも重要になってくる。この連携次第では、格上の相手すらも食ってしまえる。僕の見立てでは、賀藤君と魚住さんのクリエイターとしての相性は最良。ジャイアントキリングを達成できるコンビだと踏んでいる。それに、2人は相性が良いのはもちろんだけど実力も高いから正に無敵。最強だ」


「俺とズミさんの相性ですか……? 考えたこともなかったな」


 そういえば匠さんが言っていたな。ビナーのママを選ぶにあたって、俺とズミさんが最終候補に残っていたって。もしかして、これって俺たちのクリエイターとしての方向性が似通っているから起こった事象だったのか?

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