第303話 元サルとドンパチ
ナツハさんとショコラのコラボの前段階として、2人が一緒にゲームをして遊ぶ日。果たして、ナツハさんは配信時と同じキャラで来るのだろうか。そんな疑問を抱きながら、俺はナツハさんとコンタクトを取った。
「あ、あー。聞こえますか? ナツハ様」
「あ、はい。聞こえます」
「バーチャルサキュバスメイドのショコラです。本日はよろしくお願いします」
「どうも。ナツハです。よろしくお願いします」
ここまでは丁寧な挨拶。とても、配信の時のようなサルと同一人物とは思えない。
「失礼ですけど、ナツハ様って意外と落ち着いた感じの人なんですね。配信の時と印象が違ったのでびっくりしちゃいました」
俺はそれとなく、配信の時とキャラ違うじゃないかと指摘をしてみた。俺の中にショコラが宿っている時は言葉遣いが丁寧になるが故にクッションが入るから棘の部分が緩和される傾向にある。そう言う意味では、ショコラのキャラ付けに助けられている面はあるな。
「あー……あの配信ね。あはは、いやあお恥ずかしい。
「なるほど。本心からくる行動じゃなかったんですね」
そんな事情でサルになってしまったのなら納得がいく。おだやかな心を持っていても何がきっかけで心の中の暴れ猿が目覚めるかわからない。そんな現代社会に浸透しているインターネットの闇の部分に触れたような気がした。
他にも気になることはあるけれど、それを訊くのはちょっとセンシティブな問題になってくるから訊くに訊けない。ナツハさんの性別だ。声の高さ的には女性に近いけれど、一人称がオレなのがどうしても気になる。声が高い男性なのか、それとも一人称がオレの女性なのか、その判断がマイクでのやりとりではつかないのだ。
特殊なセクシュアリティなら触れるのは良くないことだと思うし、何よりショコラ自身も性別をボカしている立場である。自分は中の性別を隠しているのに、他人は詮索する。そんな都合の良い話は通らないだろう。
「それじゃあ、1戦やってみましょうか。チームでの立ち回り方も特に意識しないで、最初は思うようにやってみて下さい。その後に色々とアドバイスをしますね」
「はい。よろしくお願いします」
この人は思ったよりも良い人かもしれない。ゲームの楽しみ方というかそういうのを他人に楽しませるような配慮を感じられた。最初から「あれしろ、これしろ」などと指示を受けて自分の意思が介在しないとゲームはやっていて楽しくないのである。まずは、失敗しても良いから相手の思うようにやらせる。ゲームに限らず、色んな事に通じる真理なのかもしれない。
◇
「うぎゃー。え、ちょっと。何もしてないのに撃たれました」
開始早々、ショコラのキャラが早速気絶状態に陥ってしまった。こうなってしまっては俺は何もできない。ナツハさんに起こしてもらうことを待つだけである。
「周りの敵を倒して安全を確保してから起こしますから待っててください」
「あ、はい」
ナツハさんはショコラに宣言した通りに、すぐにカウンターで相手を仕留めて周囲の安全を確認した後にショコラの元に駆け寄る。そして、ショコラの治療を開始するのであった。
「すみません。まさか背後から撃たれるなんて」
「敵の足音を察知して対処できるようになる。それが初心者卒業への一歩です。諦めずに少しずつ成長していきましょう」
ショコラの体力ゲージがマックスになり、気絶状態から復帰した。
「助けてくれてありがとうございます。次はやられないように気を付けます。足音に気を付けるんでしたね」
「はい。どこから聞こえてくるかってところまで意識をすると、より対処がしやすくなると思います」
その後もナツハさんの足を引っ張りながら進行して、やがて……ついに……! 普通に負ける時がやってきた。出オチ的にショコラがやられて、相手チームのコンビネーションを前に流石のナツハさんもやられてしまった。やはり、FPSの腕が良くても、チーム戦においては数的有利も重要になってくる。すぐにやられてしまうショコラという相方のせいで、実質1人で戦ってるようなものだったなあ。
「すみません。ナツハ様。私が未熟なせいでご迷惑をおかけしました」
「うーん。そうですね。大体ショコラさんの動きの改善点が見えてきたので、それをコラボ配信の時に実演を交えながら解説する……って流れはどうでしょうか?」
これはあくまでもコラボ配信の予行練習なのだ。そして、そのコラボ内容が初心者のショコラを育て上げるという方針なので、撮れ高を確保するためには、その時に指摘した方が良いと言う判断か。確かに、ショコラがそれなりに上手かったら、企画倒れになりかねないからな。
「はい。その方針でお願いします」
撮れ高のことも考えているし、このナツハさんは色々と気が遣える人だ。本当に実力的には伸びるのは時間の問題だった。つまり、早めに目を付けられて良かったと心底思う、
ゲームを通じて、それなりに仲良くなれた気がするし、そろそろ話を切り出そうか。
「ナツハ様に訊きたいことがあるんですが、よろしいですか?」
「ん? はい。答えられる範囲でなら」
「ナツハ様はVtuberとコラボすることに抵抗はなかったのですか?」
まずは軽いジャブから入ろう。Vtuberに対する印象とやらは、勧誘の成否に大きく関わることだ。
「まあ、抵抗がないというか。自分がVtuberになるわけでもないし、コラボ相手の配信スタイルがどうであれ色眼鏡で見るつもりはなかったですね」
ん? この良い方だとVtuberのことに好印象を持っているとは言えないな。
「ナツハ様は自分がVtuberになるのが嫌なのですか?」
「まあ、そうですね。ちょっと昔色々あって、どうしても絵のような存在。特に3DCGとは距離を置きたいなって思ってしまうんです」
Vtuberそのものじゃなくて、3DCGに忌避感を覚えている? 特定のVtuberに何か嫌なことされてトラウマってわけではなさそうだな。
「えっと……その」
この先を訊いていいのかどうかわからない。嫌な記憶を呼び覚ましてしまうような気がして流石の俺でも
「ショコラさんさえ良ければ、オレの昔話を聞いてくれますか?」
ショコラの何か言いたそうな様子を察したのかナツハさんはこちらの思惑に沿った行動をしてくれた。誰だこんな良い人をサル呼ばわりした奴は。
「オレは昔、クリエイターを育成する専門学校に通っていたんです。そこで3DCGを学んでいました。オレは高校生の時には、ネットではそこそこ評価されていたモデラーでしたし、ちゃんとしたところで学べばすぐにプロとして即戦力になれるだろう……そう思っていました」
この人も俺と同じ目標を持っていたのか。それだけに、どうしても3DCGを遠ざけようとすることが理解できない。そんな評価されている人材なら余計に3DCGに触れるのが楽しいだろうに。
「オレは幼馴染の彼女と付き合っていたんです。その彼女は、絵はそこそこ描けたけどコンピュータ系統に明るくなかったんです……でも、オレと一緒の専門学校に入学したんです。特にやりたいこともないし、まだ就職する気もないから、オレと一緒にいられる学校の方が良いって言って付いてきたんですよ」
幼馴染と付き合う。フィクションではよく聞くけれど、現実ではあんまり聞かないな。ってか、彼女と付き合ったってことはナツハさんは男性なのか。いや、昨今では、女性同士で付き合うこともないわけじゃないから確定じゃないけど。
「最初はもちろん、オレの方が成績は良かったんです。でも、成績が下位だったはずの幼馴染の彼女はどんどん上達していって、1年が終わる頃にはオレと完全に実力が逆転してしまったんです」
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