第297話 やけ食いと反省会

 ボクは大皿に色とりどりのケーキを限界まで乗せる。そして、深山さんがいる席まで戻った。


「おいおいヒスイちゃん。そんなに盛って大丈夫か?」


「どうせボクは色気がない盛り方をしますよ」


「色気がどうのこうのは言ってないけどなあ。このバイキングは一応食べ残しは罰金になるから気を付けてくれよ」


 深山さんが呆れた表情でボクを見ている。自分の財布の懐具合を心配しているのかもしれない。


「大丈夫ですよ。深山さん。万一食べ残したら、その分はボクが払いますから」


「お、おう」


 今日は、コンテストの慰労会ということで深山さんがケーキバイキングをご馳走してくれるのだ。なんとなく、ボクは大量のケーキを食べたい気分になったのだ。特に理由はないけど。


 一口サイズのケーキを口に放り込んで咀嚼する。普段の咀嚼回数の半分未満で飲み込み、次のケーキを口に入れる。


「おいおい。そんなに慌てて食わんでも時間はまだ余裕はあるぞ」


「なんとなく食べたい気分なんです」


 最初は呆れながら見ていた深山さんだけど、段々とその表情が心配そうな雰囲気に変わっていく。


「ヒスイちゃん。もしかして、そんなに負けたのがショックだった?」


「違います。ケーキが食べたいだけです」


 ボクの結果は準グランプリだった。そして、グランプリだったのは……ボクが密かに注目していた琥珀君だ。彼の実力を考えれば、頂点に立ってもおかしくはない。コンテストが始まる前は結果に関わらず、自分の実力を出し切れたら満足だと思っていたけれど……いざ、敗北を味わうとなると気分が落ち込んでしまった。


「はあ……なんなんでしょうね」


「いや、それはこっちのセリフだよ」


 兼定パイセンに負けた時はここまで落ち込まなかった。まあ、相手は年上だったし、負けるのは仕方ない。けれど、ボクは高校生活最後と決めていたコンテストで、2学年下の琥珀君に負けてしまったのだ。年下だからって、決して琥珀君のことを軽視してなかったのに、なんなんだろう。この感情は。


「ヒスイちゃん。ストレスが溜まっていて食べなきゃやっていけない。って思う気持ちはわかるけれど、度が過ぎると体を壊す。だから、1度状況を整理して心を落ち着かせようか」


「ふぁい」


 ケーキを頬張りながら返事をしたら変な声が出た。ドリンクバーから持ってきた紅茶でケーキを流し込んで深山さんと反省会をすることとなった。


「まずは、準グランプリおめでとう。それは素直に凄いと思う。なにせ、教育係だったこの謎のクワガタ仮面Xを倒したくらいだからな」


「まあ、クワガタ仮面については触れたくありません」


 ボクの優勝を阻止する目的で参加したていがなければ、深山さんも十分凄い結果を残したと思う。でも、目的のボクより賞のグレードが下がっているのがなんとも言えない。


「ヒスイちゃん。“謎の”クワガタ仮面“X”ね」


「なんですか。その妙な拘りは。わかってはいますけど、長いんですよ名前が」


 この人のクワガタにかける情熱はなんなんだろう。


「まあ、とにかくだ。キミは並みいる強豪を抑えて準グランプリになった。そのことは社長も高く評価していたよ」


「でも、ボクは琥珀君に負けた。深山さんもボロ負けした」


「なんで俺の時だけ“ボロ”を付けるんだよ……いらんだろ。ボロは」


 意外と細かいことを気にする人だなあ。いや、意外でもないか。クワガタ仮面の正式名称にもこだわってるみたいだし。


「とにかく、1度キミに届いた講評の内容を聞かせてよ。そこから何か見えてくるかもしれないからさ」


「講評ですか……うーん。覚えている範囲だと。水上バイクの躍動感を褒められましたし、デザインやら機体の構造的な完成度も高く評価されてました」


「まあ、確かにヒスイちゃんはメカ系が強いからね。特に乗り物系統に強い。多分、ウチのベテラン勢でもヒスイちゃん並にメカデザインが得意な人はいないんじゃないかな」


「そ、そうですか。へへへ」


 やはり褒められると素直に嬉しい。ボク自身、自分の強みだと思っている部分を高く評価されると、やはり自分が重点的に磨いてきたものは間違いじゃなかったと安心できる。


「でも、それだけです。褒められて終わってました。なぜ、グランプリを逃したのか。その理由までは書いてなかったんです」


「なるほど……つまり、ヒスイちゃんの作品に悪い点は見受けられなかった。しかし、それでもなお、琥珀って子の作品が上回っていたからグランプリを逃した……と」


「方向性が大きく間違ってないとしたら、単純にボクの実力不足が招いた敗北ですね。ボクはとんでもないカス野郎ですよ」


「準グランプリが自虐でカス野郎とか言い出すと、それに負けた俺にまで範囲攻撃が及ぶからやめようか」


「深山さんはどうなんですか? 講評でボロクソに言われたことを教えて下さいよ」


「なんでボロクソ言われた前提なんだよ……まあ、俺も似たようなものさ。水の表現を褒められた」


「あ!」


 深山さんの言葉にボクは気づいてしまった。これが敗因になったのかはわからないけれど、悪い点がなかっただけで良い点が不足していたという事実があったかもしれない。


「ん? どうしたヒスイちゃん?」


「深山さんが褒められていた水の表現について……ボクはそれで褒められてません。もしかして、水上バイクの水飛沫みずしぶきの表現をもう少し工夫すれば、そこが加点要素となって、グランプリを取れたかもしれません」


 ボクは水上バイクとそれを運転する人にばかり気を取られて、そうした細部にまで拘りを持つことができなかったのかもしれない。本当にそのタッチの差で敗れたのだとしたら……


「深山さん! ボクに水の表現の極意を教えて下さい!」


「いや……それは無理」


「な、なんでですか!」


 教育係なのに無理だと断られてしまった。こんな理不尽なことあるのだろうか。


「んー。まあ、今回のコンテストで俺はよくやったと思う。俺は海の人間じゃなくて、どちらかと言うと大地と共に生きる山の民だからな」


「え? 山の方が得意なんですか?」


「ヒスイちゃん。冷静に考えてみるんだ。海にクワガタはいない」


「ハッ!?」


 確かに。言われてみればそうだ。


「まあ、山にも湖や川はある。それらを表現するために多少は水の表現を学んだけれど、所詮は付け焼刃にすぎない。本物の海人うみんちゅには遠く及ばない。ヒスイちゃんに教えられることはそんなにはないさ」


「そうですか……残念」


「とにかく。新たな課題が見えたのならば、それを達成できるようにがんばる。常に技術を磨き続けるクリエイターしか生き残れない。俺も俺で新たな課題を見つけたし、それに向かってがんばるつもりだ」


「はい。お互いがんばりましょう!」



「本日の朝礼を始める。まず、おめでたいニュースから発表しよう。先日のコンテストで、インターン生の蝉川君とその教育係深山君がコンテストで入賞を果たした。我が社からW受賞出たのは実に誇らしいことだ。みんなもこの2人に賞賛の拍手を!」


 社長の一声で朝礼に参加したみんながボクたちに拍手をした。


「そして、もう1つ。重要なお知らせというかサプライズがある。我が社が裏でこっそりと始動させていたプロジェクト。それがついに実を結ぶ時がきた!」


 社長はそう言うとデスクから……昆虫のようなものを模した仮面をつけて変なポーズを取った。


「これが次に流行るであろう商品。クワガタ仮面だ!」


「社長。謎のクワガタ仮面Xです」


 社長相手にも物怖じせず訂正を要求する深山さん……ボクはどうやら理解を家に置いてきてしまったらしい。


「最新の3Dプリンタ技術を用いて作った仮面だ。このデザイン。正にコンテストで優秀賞を取った深山君にしかできない仕上がりだ!」


 最新の技術をこんなことに使うなんて、この会社大丈夫だろうか……今の内に転職サイトを覗いた方が良い気がしてきた。

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