第289話 お前が訊くんかい!
「主任。最近どうですか?」
会社の休憩時間に小弓が俺に話しかけてきた。近況報告と言えば、丁度言いたいことがあったな。
「実はな。非常にめでたいことがあったんだ」
「へー。そうなんですか。詳しく聞きたいですね」
小弓の顔が明るくなる。俺のめでたいことと聞いて一緒に喜んでくれるとか良い奴だな。
「昨日、弟がCGのコンテストで2次審査を通過して最終審査まで残ったんだ。母さんも喜んでたのが印象的だったな」
「おお、弟さん凄いですね。流石主任と血が繋がってるだけあって優秀ですね……とまあ、主任。俺が聞きたいのはそっちじゃなくて……例の彼女のことですよ」
「ん。ああ、宇佐美のことか。最近連絡してないな」
「なんで連絡してないんですか!」
「いや、だって付き合ってるわけじゃないし……最近なんかタイミングが会わなくて」
「タイミングが合わなかったら、無理矢理にでも合わせるんですよ全く」
なぜか俺が部下から叱られてしまった。なんか立場が逆転したみたいだ。まあ、恋愛に関して言えば、確かに小弓の方が経験豊富だし言うことには逆らえない。
「ああ、わかったよ。じゃあ、今度もう1回カラオケに誘ってみるよ」
「まだカラオケにすら行ってなかったんですか……あ、そうだ。主任。ついでなので言っておきますけど、今から重要なことを言いますよ。そろそろ言われてもおかしくない言葉ですし」
「ん? 重要なこと?」
「もし、女性の方から『私のことをどう思ってる?』だとか『私たちの関係ってなんだろう?』って訊かれた時、その時が関係性のターニングポイントだと思ってください。ここで変に茶化したり、日和った回答をするとその時点で一生恋人関係になれないと思ってください」
「そんなに!?」
一生引きずるくらいとんでもないことだと脅しをかける小弓。たかが言葉1つで運命が変わるだなんて恋愛はとても厄介なものだなと感じてしまう。
「いいですか。その彼女のことをどう思っているのか。そろそろ、自分の気持ちを整理した方がいいんじゃないですか? 連絡先を交換したから、義理でデートしている関係もそろそろ終わらせないといけません」
宇佐美のことをどう思っているか……俺自身答えに詰まってしまう質問だ。確かに、宇佐美のことは嫌いではない。高校時代はやたらと俺を頼ってきた記憶があり、俺も頼られて悪い気はしなかった。でも、それ以上の感情があるかどうか、考えたことすらないまま卒業して、最近偶然再会して今に至る。というか、宇佐美は俺のことをどう思っているんだろう。それすらわからない。
「まあ、とにかく。まずはもう1度会ってからですね」
「ああ。そうだな」
◇
次の休みの日。なぜか奇跡的に宇佐美とカラオケに行けることになった……奇跡的? なんで、こんな普通のことを奇跡だと思うのかわからないくらいすれ違ったっけ?
待ち合わせの場所に現れた宇佐美。久しぶりに再会した時は知的でクール系を目指しているような装いをしていたけれど、今回は少し若々しさを重視しているかのようなメイクをしている。服装も幼すぎないけれど、見た目の印象を実年齢より若く見せるような感じがした。その格好を見た瞬間に、なんだか高校時代の宇佐美に戻ったかのような錯覚を覚えた。
「えっと賀藤君。今日は誘ってくれてありがとうござ……いえ、ありがとう」
「ああ、いや。その……なんだ。行くか」
「は……うん」
宇佐美は高校の頃、俺に敬語で話しかけなかった。同級生だから当然と言えば当然だけど、数年会わなかっただけで、宇佐美の中では敬語が自然な口調になってたんだな。と、敬語を言い直す宇佐美を見てそう思った。俺は空白の数年の間に宇佐美がどんな環境にいたのかすら知らない。3年間毎日一緒にいたはずの相手なのに、こんなにも知らないことがあるのか。
予約していたカラオケルームに向かう俺たち。ここのカラオケはドリンクは注文ではなく、ドリンクバーで各自取ってくる仕様になっている。
「俺、飲み物取ってくるから、先に歌いたい曲決めてて良いよ。宇佐美は何か飲む?」
「あ、えっと……ウーロン茶お願い」
「わかった」
そんなこんなで2人きりのカラオケが始まった。完全なる密室で男女2人きりという空間。大学に進学してからは、こういったことは一切なかった。理系の大学で男女比は偏っていたし、何より遊ぶ暇なんてないくらい忙しかったから、当然だ。そして就職しても女っ気がない職場で……小弓があの時合コンに誘ってくれなかったら、この負の連鎖は断ち切れなかったかもしれない。
宇佐美の歌は上手かった。素直にそう思える程だったし、実際に点数も90点代を叩き出していた。高校時代はそれほど歌が上手いという印象はなかったけれど、やはり空白の数年間に歌唱力が鍛えられたのか。また1つ宇佐美の知らなかった一面が見れた。そして、次は俺が歌う番……けれど、悲しいかな。四捨五入すると30歳になるような歳にもなると、最近の若者の間で流行っている曲がわからない。なので、高校時代に流行った曲を入れてみる。
「あ、この曲懐かしい」
懐かしい……か。俺の中では今でもこれが最新のトレンドなんだよ。やはり、人間は1度忙しい環境下におかれると流行から遠ざかってしまう。理系の大学に進学したのが本当に人生の分かれ道だったとつくづく思う。
俺が歌い終わった後に画面に点数が表示される。点数は……まあ、見るに堪えない点数だ。宇佐美が叩き出した点数の足元にも及ばない。比べるのも失礼なレベルだ。
ハッキリと言える真実はある。俺に音楽の才能はない。妹の真鈴がガールズバンドを組んでいて音楽のセンスが抜群だったとしても、俺にその才能はない。真鈴曰く、琥珀や真珠も歌が上手いらしい。なんか世の中の不条理さを感じる。
そんなこんなで美しい歌声とジャイアンリサイタルを交互に繰り返していき、退室時間が迫る頃、宇佐美が入れた曲はバラード系の曲だった。
その曲を歌う宇佐美の横顔を見た時、俺は今まで感じたたことのないような感情を覚えた。この感情のことをなんて呼ぶかはしらない。けれど、美しい歌声と横顔を見た時に、今まで誰にも抱かなかった感情が芽生えたような気がした。
宇佐美が歌い終わるころ、曲のリストのストックがなくなったので歌う時間は一旦終了した、
「あれ? 賀藤君、曲入れなかったんだ」
「ああ……その、見とれ……じゃなかった。宇佐美の歌声に聞き惚れてて、忘れてた」
「そうなんだ」
「まあ、もう時間もないし、歌はいいか。少し話そう」
「うん」
話そうと切り出したはいいけれど、何も会話内容なんて思い浮かばない。確かに小弓の言う通り、カラオケは会話が続かない仲でも歌っていれば時間は勝手に流れてくれる。でも、それに甘えた結果がこの惨状だ。俺から切り出したんだから、俺が話題を提供しないと……
「えっと……なあ、宇佐美。俺たちの関係ってなんなんだろうな」
「え?」
いや、俺は何を言ってるんだ。
「あ、いや。その、宇佐美は俺のことどう思っているのかなって気になってさ」
ダメだ。フォローに回れば回る程変な言葉が口から出る。こんなこと言うつもりじゃなかったのに。
「すまない。さっきの言葉は忘れ……」
「私は!」
俺の言葉を遮るように宇佐美が話を挟んできた。
「賀藤君のことが好き。高校の時からずっと好きだった。その想いを伝えそびれたまま卒業しちゃったけど。ここ最近、その想いはまだ消えてないんだって再確認しちゃった」
俺の思考回路が停止した。何も考えられない状態だった。俺は宇佐美の言っていることが理解できなかった。そして、思考回路が徐々に回復していき、段々と理解が追い付いてきた。
「えっと……じゃあ、これからの関係性は恋人ってことでいいかな?」
「はい……こんな私ですがよろしくお願いします」
なんか知らんけど、恋人できた。
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