第285話 ※注意 数話飛ばしたわけではありません
ゲブラーさんと一緒に事務所に行くと、そこには異様な光景が広がっていた。事情を知らない人からしたら、普通の光景に見えるんだけど、少なくとも私とゲブラーさんにとっては予想外の光景すぎて、目を疑ってしまった。
「いつまでも誘ってもらえるのを待っているんじゃなくて、自分からこの前行けなかったカラオケに誘った方がいいんじゃないのかな?」
「そうしたい気持ちはあるんですけど、その……誘うタイミングが」
「タイミングなんて気にしてどうすんの。仮に断られたとしても、何度も何度もアタックをかければ1回くらいは成功するって」
「私は学生時代のあなたみたいに相手の都合を考えずに無遠慮にアプローチをかけられませんって」
「言ったな。あはは」
「ふふふ」
意味が分からない。思考が完全に停止してしまった。隣にいるゲブラーさんに目をやると彼女もまた目を丸くして驚いている。あの犬猿の仲で有名だったケテルさんとマルクトさんが何でこんな仲良さそうに話しているのか理解できなかった。
「ビナーちゃん。これどういうことだかわかる?」
「いえ。説明して欲しいのは私の方です。あの2人に一体何があったんですか?」
お互い答えが知らない難問。当人に訊けばわかるんだろうけど、なんとなく訊きたくないというか、訊いてしまったら奇跡的に成り立っている関係性のバランスが崩れてしまいそうな気がして訊けなかった。
「えっと……2人は仲直りしたのかな?」
行ったー! メスガキ代表のゲブラーさんが何の考えもなしに突撃した!? いや、私だったら行く勇気がなかったからある意味助かったけれど、これでまた関係がこじれたら責任取れるんだろうか。
「いえ、仲直りはしてません。私はまだこの女を許してませんから」
ほらー。やっぱり、また険悪になりそうな雰囲気になった。折角、良い調子で関係が改善されると思ったら、許してない発言が出ちゃった。どうしよう。こんなのマルクトさんが怒るに決まってる。私は恐る恐るマルクトさんの方を見た。しかし、彼女の表情は怒りと言うよりかは、潤んだ瞳で虚空を見つめていた。
「うん。確かにそうだね。私も謝っただけで許してもらえるとは思ってない。だから、こうして罪滅ぼしとしてケテルの恋愛を手伝っているんだよ」
なるほど……なるほど? ここに至るまでの詳細の
いや、祈ってばかりじゃいけない。私も行動しなくちゃ。
「そういうことなら、私も手伝いますよ。具体的に何ができるかはわかりませんが、相談に乗ったり意見を言うくらいならできるかもしれません」
「本当ですか。それは助かります。この中で唯一の彼氏持ちですから、ビナーさんの意見は貴重だと思います」
この場に、アドバイザーのティファレトさんがいないのが悔やまれるけれど、私だってやれるだけのことはやるんだ。
「まず、情報としては私が好きな人は……まあ、なんというか鈍感なんですよね」
「それな。私も学生時代に直接的なアプローチを何度もかけたけど、結局私の想いも伝わってなかったんだ」
「直接的なアプローチでもダメですか。それはちょっと手ごわいですね」
まあ、その手ごわいのが家族にいるわけだけど。だから、その生態については詳しいつもりだけど、家族であるが故に落とそうとかそういう気持ちになれないから対処法が逆にわからない。
「でも、その人はケテルさんを誘ってくれてはいるんですよね? なら、少なからず相手もケテルさんに対して好意は持っていると思いますけど」
「甘いなビナーちゃん。確かにあの人は好意を表に出すタイプだけど、その好意が恋愛とは限らない。事実、私も【ずっと面倒を見てやる】みたいなことを言われたけど……その、恋愛的な意味じゃなくて……ぐす……博愛主義的な意味だった」
涙目どころか、涙がサラっと零れているマルクトさん。辛い記憶を呼び起こしてしまったかもしれない。
「あ、ごめんなさい。マルクトさん。私そんなつもりじゃ……」
「あー。誰にでも優しいってタイプ? いるよね。そういうの。モテる人がそういうタイプだったら、数多くの異性を泣かせるんだよね。でも、モテないのがそのタイプだったら【俺は結局“いい人”止まりなんだよ。優しい男はモテないんだ】とかわかった風な口を聞くけど、優しい人は絶対的に需要があるんだよね。その需要がある属性であっても、個人的にモテないだけ。モテないのは優しい男じゃない。お前がモテないだけだと言いたいよ」
ゲブラーさんがとんでもないことを言い出した。人によっては、かなりぶっ刺さる言葉だ。まあ、彼女の場合は配信ではメスガキとしての需要があるから、逆にこういうことの1つや2つ言えなきゃキャラが薄い扱いされるんだろうけど。
「ですね。誰にでも優しい人がふとした瞬間に自分にだけ見せる優しさ。それに触れた時に特別感みたいなものを感じて心が温かくなるんですよね」
「わかる。結局、その特別感を演出できるかどうかでかなり違うんだよ」
ケテルさんとマルクトさんが何やら盛り上がっている。まあ、同じ人を好きになったってことは、趣味嗜好は似通っているんだと思う。異性のどこが好きかみたいな女子会トークが始まったら案外仲良くなれるのかもしれない。
「あ、ちょっといいかな?」
ゲブラーさんが会話を遮るように割り込んできた。彼女の手にはスマホが握られている。
「ティファレトさんにこの状況を伝えたら、良さげなアドバイスみたいなものをもらったんだけど、発表して良い?」
ケテルさんとマルクトさんがお互いに顔を見合わせて頷いた。肯定と受け取ったゲブラーさんは話を続ける。
「マルクトさんが協力的なら、マルクトさん経由でケテルさんの良い噂を流してもらったり、間接的にその彼を褒めたりすれば効果的だと思うそうだね。自分で自分を褒めるよりかは他人に褒めてもらった方が客観性があるし、本人に直接褒められるよりかは、他人が【そんな風に褒めていた】という伝令を受け取った方が影でも褒めてくれている。つまり、おべっかではないというアピールもできるんだとか」
なるほど。確かに一理あるかもしれない。私も翔ちゃんに直接褒められるよりかは、同級生の子に『時光君が真珠ちゃんのことを可愛いって言ってたよ』って言われる方が嬉しいかもしれない。
「ええ……それって私が結構重要な役割じゃないか」
「中々良い作戦だと思いますが、問題はマルクトさんにありますね。一応、この女は謝罪はしましたが、私はまだ完璧に信用をしたわけではありません。そんな相手を彼と2人きりでやりとりさせるわけにはいきません」
ケテルさんの言い分もわかる。あれだけ仲が悪かったのに、1回謝っただけで許して信用するなんてことは簡単にはできないのかもしれない。この作戦はもう少し段階を踏んで、マルクトさんとケテルさんの信用関係が構築されてからじゃないと難しそうだ。
「他にケテルさんとその人の共通の知り合いがいれば良いんですけど、そういう人はこの場にいませんからね」
私のその発言に一同は「うんうん」と頷いていた。結局、どういう作戦で行くかが纏まらないまま、その日は解散した。鈍感なのにモテるし、誰にでも優しいタイプ。そんなのはもう一種のテロ行為だと思う。私の同級生にそんなタイプがいなくて良かったと心底思った。
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