第275話 誰もが俯く中、或る少年だけが上を見た
高校生活最後のコンテスト。その集大成を締めくくる作品。3年間本当に色々なことがあった。ボクは全日制の高校生とは違う道を歩んだけれど、それでも自分の夢のために努力してきた年月は青春と呼べる程に楽しいものだった。
環境のせいも相まってか、普通の女の子みたいに恋とは無縁だった。けれど、それ以上にドキドキとワクワクする経験はしてきた。今までの経験とこれからの未来をボクはこの乗り物に託す。
水上バイク。ウォータージェット推進を用いて進む水上の乗り物だ。そのド迫力な推進するシーンを全面に押し出す形にした。他に余計な要素は入れない。シンプルな一点特化型の構成だ。
正直、これがポスターとして成立するかどうかはわからない。でも、ポスターにおいて重要なのは目を引くことだ。このド迫力な動的な
後はこれを審査員がどう判断するか。それに託すしかない。ボクができるのはポスターの画を作ること。どのような文字を入れて、見る人に訴えるかは運営側が決めることだ。まあ、ボクはCG専門でキャッチコピーを考える能力はないから、そっちの方がありがたいんだけど。
さて、しばらく寝かしてから見直して最終調整をしよう。今回のコンテストは最後だけに悔いが残らないようにしたい。
◇
ゾンビとサメ。この世で最も相性が良いものだと思う。その根拠の1つとして、サメは大口を開ける。それはもう、頬が引き裂けそうな程にだ。それに対して、ゾンビは体がボロボロで傷だらけ。つまり、体の一部が引き裂かれている状況が自然体ということになる。頬が裂けることでサメのド迫力の大口を更に大きく見せることができる。これは、もう相性抜群としか言いようがない。もし、この世にゾンビの神とサメの神がいるとするなら、彼らはきっと仲良しだ。でなければ、こんなシナジーを発揮しない。
正直、多くの人の目に触れるという前提で考えるなら恐怖演出をするのはどうかという意見もある。しかし、恐怖は人の本能に刻まれた感情。最も命に関わる最優先して動かさなければならない感情で、これが欠如していると生物として終わり。故に最も敏感な感情なのだ。
それに、生物は恐怖のない楽園に到達した時点で進化を終える。多くの天敵の排除に成功した人間は定期的にホラー作品に触れて恐怖心を刺激しなければならない。それが僕の持論だ。
しかし、人類はまだ本当の意味での楽園を手に入れていない。それが環境問題だ。自らの環境を汚すことで公害を受けて、人類が滅ぶシナリオ。それが現実のものにならないとは限らない。だから、海を汚染すると狂暴化したサメに襲われる。サメは公害の
僕は失った時間を取り戻さなければならない。それには正攻法だけに頼っていたらダメだ。だから、多少イロモノだろうが、誰かの心に刺さる作品で成り上がっていくしかない。
◇
自分で言うのも難だけど僕は比較的、海の描写をするのが得意な方かもしれない。それ故に悩むことがある。得意分野ということは、それだけ手札が多いということだ。手札が少なければ有効札も限られてくるから悩むことなく、必要な手札を切れる。しかし、僕は何が有効な札かを見極める作業がある。贅沢な悩みかと思われるかもしれないけれど、それだけ“選択ミス”の危険性がある。
数ある手札の中で僕が選んだのは……“海中都市”だ。水の中に建造物を作り、そこに都市を形成する。フィクションの世界ではよく見られる冒険心をくすぐるようなシチュエーション。でも……僕が想定しているのはそんな希望に満ち溢れたものではない。
この都市は海底人が形成した都市ではない。地上人が形成して、沈んだ都市なのだ。地球温暖化により、海面が上昇すると共に陸地が沈む。決して遠い未来の話ではないかもしれない。それこそフィクションの世界の話で留めておきたい出来事。
この海底にある沈んだ都市は、実在する都市をモデルにしている。そのことに気づいた時にこのポスターの真の意図に気づける。そんな風にしたかった。
このアイディアを軸に僕の技術を全てつぎ込み肉付けしてようやく作品が完成した。本当に全身全霊の渾身の一作。琥珀君が僕を刺激してくれたお陰で出来た作品だ。
本当に大丈夫かなこの作品……もし、これで1次に通らずに落選したら流石に落ち込む。というか立ち直れないかもしれない。全力を尽くしたからこそ、失敗した時のダメージは大きくなる。ああ、やっぱり不安だ。全国には僕よりも凄い人がいっぱいいるし、その人たちがもしこのコンテストに参加していたらと思うと……ああ、もう。コンテストの1次の選考結果が出る日まで気が気じゃない。
◇
「さてと……」
俺は頭の後ろで手を組み、踏ん反り返って椅子に座るリラックスした体勢を取った。
「なーんにも思いつかね」
俺はこれまで割とアイディア勝負でやってきたところはある。正直、純粋な実力では勝てないから正攻法じゃない方法に逃げている感はしないでもないけど、これが俺のやり方だから仕方ない。だから、今までは良い知恵が回っていたから今回もそれが出るかと思った。でも、人生はそう甘くなかった。
「ええ……こんなことってある?」
ヒスイさんに背中を押されて参加を決意し、八倉さんにお互い授賞式に参加しようと堅い握手を交わして、ズミさんには正々堂々と競うために発破をかけた。これだけのことをしておきながら、この体たらく。最早、彼らに会わせる顔がない。
もしかして、今までが上振れしすぎて、今回はついに下振れの時が来たとかそういうオチか? いつかは来るものだと思っていたけれど、なんでこのタイミングで来るんだよと俺は憤りの念を覚えた。ズミさんと決着を付けられる機会で、八倉さんと熱いやりとりをして、何より高校生のヒスイさんと一緒のコンテストに出られる最後の状況でこんなことってある?
俺は海について何を知っているんだ。そう言われると何も答えられない。海に対する理解はズミさんより浅いだろうし、サメに対する理解は八倉さんよりも浅い。そもそも、ヒスイさんには今まで実力で勝ったことがない。と言うより、ズミさんの水の描写の凄さを知っているからこそ、それを超えられないと思って思いついたアイディアをボツにする作業を繰り返している。そんな気がする。
今から技術を磨く時間はない。だからこそ、一発逆転の何かが欲しいのに。それが思い浮かばない。俺は更に大きく椅子にもたれ掛かり仰け反った。天井が見えるほどに。
当たり前だけど海は大体下にある。下へ下へと続く世界なのだ。海底に行ったことがある人間は宇宙に行ったことがある人間より少ないだとかなんだとかそういう話は聞いたことがある。それだけ未知の世界である意味では可能性に溢れているのかも。
そんな中、上を見上げることに何の意味があるのかは知らない……ん? 上? 海の上には空がある。当たり前だけど……
俺はその時、なにかが天から降りてきた。そんな感覚を覚えた。海をテーマにした場合、誰もが海面や海中に注目しがちだ。だからこそ、そこに付け入る隙があるのではないか。
そう。俺の海のテーマは空へと続く。上を見上げたからこそ気づいた見落としていた物。海に生息しているのは、何も海の中にいる者だけじゃない。海の上を自由に羽ばたく海鳥。それに着目した瞬間、解けなかったパズルのピースが1つずつ着実に嵌っていくような気分になった。
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