第273話 正々堂々戦いたいから
学校から帰宅後、コンテスト用の作業をしようとパソコンを立ち上げた。その時、丁度メッセージが届いているのに気づいた。差出人は誰だ? 師匠か勇海さんかなと思っていたら、ズミさんからのようだ。彼とはあんまりメッセージをしなかったから、なんか新鮮味がある。
Zumi:琥珀君もコンテストに参加するんだってね。里瀬社長から聞いたよ。まだ高校生なのに、社会人も出るようなコンテストに出るなんて凄いな。今回初めて手合わせをするけど、お互い頑張ろう
俺はこのメッセージを見た瞬間、なんとも居たたまれないような感覚になった。俺にとっては、セフィロトプロジェクトのコンペで同率3位だったズミさんと決着をつけるつもりでいる。でも、相手であるズミさんはそのことを知らない。そのことがとても不公平に思えてきたのだ。
俺はある種のリベンジに燃えているわけである。そのため、凄いモチベーションを発揮できる可能性がある。でも、ズミさんはそうではない。俺を必要以上に意識する動機がないのだ。
ズミさんは、かつて自分の仕事を取ったショコラをライバル視をしているようだった。だから、あのコンペの時は最大限の力を発揮できたのかもしれない。
相手に勝ちたい。そう言う想いは時に自分の実力以上の力を引き出してくれる。俺には勝ちたい相手がいる。ヒスイさん。ズミさん。八倉先輩。だから、今回のコンテストでも上振れが起きそうな予感がする。
本当にこれで良いのかと自問自答した。もし、ズミさんが特に勝ちたいと思うような相手がいなければ、彼の力は前回よりも抑えられてしまうかもしれない。その状態のズミさんと戦うのは俺としても本意ではないのだ。全力の相手と競いあいたい。例え、それが俺の夢を遠ざけるような行為であっても、そう思ってしまうのだ。
俺は無意識の内にタイピングをしていた。そして、そのままメッセージをズミさんに送る。
Amber:励ましの言葉をありがとうございます。そうですね。お互いがんばりましょう。ところで、話は変わりますが……ズミさんにちょっと訊きたいことがあります。ズミさんは今回のコンテストで意識している相手はいますか?
これで意識をしている相手がいる……と答えてくれるんだったらそれで良い。そうすれば、ズミさんはその相手のために尽力してくれるだろうから。でも、もしその相手がいなければ……その時は……
Zumi:そうだね。今回は特に意識している相手はいないかな。僕が得た情報だと知っている人はJINって人だけだし、その人をライバル視する理由も特にないかな
俺が望んでいない答えが返ってきた。そのメッセージを見た瞬間、また俺の指が勝手に動く。
Amber:じゃあ、もし、ショコラがこのコンテストに参加しているとしたら……ズミさんはどうしますか?
Zumi:ショコラさんだったら……やっぱり意識してしまうかも。僕の仕事の穴を埋めてくれた人でもあるし、あの時のコンペでも同率3位だったから。決着がつかないままだし、もう1度勝負してみたいかな
俺はこのメッセージを見て、胸の奥の何かが燃えるようなそんな感覚を覚えた。決意を固める直前の熱い想い。これから、死地に赴く時に腹を括るような……母さんと腹を割って話し合うと決意した時にも似たような想いはしたかもしれない。
Amber:ズミさん。今、ちょっと音声通話できますか?
Zumi:え? ああ、うん。大丈夫
俺はズミさんにコンタクトを送った。ズミさんからレスポンスが返ってきて、音声通話が始まった。
「ズミさんおはようございます」
「え? あ、おはよう? 今、昼だけど。ん? あれ?」
ズミさんは何やら混乱しているようだ。実際の俺の生の声を聞いた時には気づかなかったかもしれない。けれど、今の俺は機材を通してズミさんに語り掛けている。そう、普段のショコラと同じ状況の声。生声からデジタルデータに変換された時に生じる差異。機材の仕様でわずかに出るノイズ。それらがショコラから発せられるものと完全に一致している。
「私はバーチャルサキュバスメイドのショコラです」
言ってしまった。これでもう後戻りはできない。でも、これでいいんだ。これが俺の望んだことだから。
「え? 琥珀君ってショコラさんと知り合いだったの?」
「え? そっち?」
まさかの勘違いをされてしまった。こうなったら1から説明するしかないようだ。
「えっと。その、すみません。ショコラの正体は俺なんです」
「え? あ、あれ? ちょっと待って。一旦整理させて……」
「ええ。待ちます」
数秒の沈黙の後、ズミさんが語りだす。
「最初に疑問に思ったことがあるんだ。どうして、里瀬社長が琥珀君をやたらと気にかけていたのか。妹さんの弟子とは言え、業務に関係ない人間をわざわざ社内に呼び出してまで、僕に会わせた……」
「ええ。俺がショコラなんですから、俺は業務に関係のない人間ではなかったんです」
「え、で、でも、確かに。ちょっと声質が似ているなと思ったけど、完全に一致していないような気がしたし、そもそもショコラさんは女性だと思っていた」
「機材を通すと声の感じは変わりますし、そもそもショコラは性別を公表していません」
結局のところ、ショコラの性別という先入観がフィルターとなって、俺の正体に辿り着けなかったというわけか。
「えっと……冗談じゃないんだよね? 琥珀君。声質が似ているからって、ショコラさんの真似をしているわけではないんだよね?」
「ええ。そうですね。本人である証拠も出せますよ」
そう言うと俺は動物コンペの時に制作した猫の3Dモデルをズミさんに送った。ショコラ、セサミ、アカシアは既に販売されている。しかし、猫だけはまだ販売していないのだ。つまり、このデータを持っているのはショコラだけということになる。
「あ……これはショコラさんが作った猫」
「ええ。ショコラはこれを販売していないので、俺がショコラです」
「そっか……ショコラさんの正体は琥珀君だったのか」
なんか腑に落ちてない様子だけど、とりあえず理解はしてもらえたようだ。
「琥珀君。どうしてキミは僕に正体を明かす気になったの?」
訊かれると想定していた質問。ここは素直に俺の気持ちをぶつけるべきだ。
「俺はズミさんと本当の意味で決着をつけたかったんです。ズミさんはショコラと同率3位の順位を取った。ズミさんがそれでショコラに対して対抗心を持っているのと同じように、俺もズミさんを物凄くライバルとして意識しているんです。俺だけが闘志を燃やしている状況で決着をつけてもフェアじゃない。そう思ったんです。だから、ズミさん。俺と正々堂々と戦ってください。お互い全力を出して、あの時のコンペの決着を付けようじゃありませんか」
俺は言いたいことを言った。ほぼほぼ俺の一方的なワガママだ。ズミさんからしたら、気楽に臨むつもりだった可能性もある。それが急にライバル視している相手との再戦を強いられて迷惑を被っているかもしれない。でも、俺は我を通してでも貫きたい想いがあるんだ。
「そうなんだね。琥珀君。ありがとう。本当のことを言ってくれて……そこまで言われたら、ボクもクリエイターとしてキミの想いに応えなければならない。キミの望み通りに、僕も持てる力を全てぶつけるよ」
「ありがとうございますズミさん!」
良かった。ズミさんのことだから、またネガティブな発言をされるんじゃないかと冷や冷やしていた。闘志を燃やしてくれたようで良かった。
「あ、それとショコラの正体が俺であること……というか、男であることは隠してくださいね。一応性別不明って設定でやっているので」
「うん。わかった。それは誰にも言わない」
その後、別れの挨拶をして、ズミさんと通話を終えた。その瞬間、俺は「ふー」と大きく息を吐いた。言ってしまった。勢いで言った後には感じられなかったなんとも言えない高揚感。やってしまったかもしれないという焦燥感のようなものを覚えた。しかし、もう後戻りはできない。正体を明かしてしまった以上は、もうやるしかない。これで、下手な作品を出したらそれこそズミさんに申し訳がない。
俺の中のやる気がより一層満ち溢れるのを感じた。
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