第235話 女は男が浮気をしていると疑った。しかし、それはありえない誤解だった。女はなぜ勘違いをしてしまったのだろう

 もうすぐ季節の変わり目。アパレル業界では次の季節の商品を先取りしたものが店頭に並ぶ季節……そして、今の季節の在庫処分が行われる時期でもある。在庫と言うとマイナスなイメージがあるから、クリアランスなんて言葉で誤魔化している風潮もあるけど。


「ねえねえ。真珠見て見て。このキャラ物のトランクス可愛くない? 買おうかな」


 お姉ちゃんがまた変なことを言い始めた。なんで男性用下着のコーナーにいるの。


「お姉ちゃん。なんでそっちのコーナーにいるの……」


「真珠。あんた知らないの? 洗濯物だけで女性の1人暮らしだってバレちゃうの。だからこそ、男性用下着を一緒に洗濯物として干すことで防犯の役割があるってテレビで言ってた」


「どこの世界に小学生向けのキャラクターのトランクスにビビる犯罪者がいるの。こんなの干したところでシングルマザーの家だとしか思われないよ」


「あ、そっか。サイズも小学生だし、子供がいるとしか思われないか」


 お姉ちゃんは本当に相変わらずだった。そんなお姉ちゃんに呆れていると、レジのところに見知った顔が見えた。アレは翔ちゃんだ。私は声をかけようとしたけれど、翔ちゃんが手に持っているものを見て声をかけるのを躊躇ためらった。


 翔ちゃんが持っているのは女性モノのストールだった。翔ちゃんは男子だから、これを見に付けるわけがない。ということは誰かにプレゼントということになるのかな。そう思って、遠くからこっそり様子を見ていると……


「ギフト用の包装をお願いできますか?」


 やっぱり誰かにあげるつもりで買ってるんだ。あれ? そういえば、私と翔ちゃんは付き合ってもうすぐ1年になる。その記念日に一緒にプレゼントを贈りあおうという話をしていた。ということは……まさか。あのストールを私にくれるの?


「真珠。あんた何ニヤニヤしてるの。なにか良いことでもあった?」


「ふへへ。なんでもないよ」


「どうでもいいけど笑い方が変すぎる」


 お姉ちゃんを適当にあしらっていると、私の予感は確信に変わった。


「彼女さんにプレゼントですか?」


 店員さんが翔ちゃんにストレートに質問してきた。私の心臓の鼓動が高鳴る。


「ええ……まあ、そんなところです」


 若干歯切れが悪いながらも翔ちゃんが答えた。見ず知らずの人が相手でも、そういうことをするって照れているんだ。


 どうしよう。先に翔ちゃんが私に何をプレゼントしてくれるのか知っちゃった。本当なら今すぐ声をかけにいきたいところだけれど、プレゼントを買う現場を贈る相手に見つかるなんて気まずいにも程があるからね。ここは空気を読んで、見なかったことにしよう。



 今日は私と翔ちゃんが付き合い始めて1年の記念日。1年持たないカップルもいる仲で、中1の頃から今に至るまで関係が続いてこれたのは素直に嬉しい。


 お互い、配信業で稼いでいる身だけれど、まだ中学生ということもあり、あんまり高い店にはいかずに近くのファミレスでデートをすることとなった。将来的なことを考えれば、高いお店でのデートはいつでもできる。けれど、こういうお店で学生服を着てデートをするのも今しかできないことだし、周りがやっているからそれに合わせた方が良いと思う。


 ドリンクバーでそれぞれが飲み物をグラスに注ぎ、席に戻った。


「真珠ちゃん。僕と1年間一緒にいてくれてありがとう」


「ううん。私の方こそ、翔ちゃんと一緒にいられて幸せだよ。これからも一緒にいてね」


「もちろんだよ。それじゃあ乾杯しようか」


 私はコクリと頷いて、翔ちゃんと一緒にドリンクバーで乾杯をした。


「プレゼントは用意してくれたよね?」


 翔ちゃんに尋ねられて私は「もちろん」と答えた。そして、鞄の中から小さな小包を取り出した。一方で翔ちゃんは鞄の中から細長い何かを取り出した。本来なら中身を知らないはずだけど、私はあの中身が何かを知っている。リアクションがわざとらしくならないように気を付けないと。


 お互いのプレゼントを交換して、「開けていい?」と尋ね合う。そして、2人同時に包装を外し始めた。私は爪を切ったばかりだったので、包装を外すのは少し手間取ってしまった。その間に翔ちゃんは私の包を開けた。


「わあ、真珠ちゃん。ありがとう。可愛いキーホルダーだね」


 私は犬の形をしたキーホルダーを翔ちゃんにプレゼントした。格好いいと可愛いの中間あたり。中性的なところがある翔ちゃんにぴったりだと思った。


 やっと、翔ちゃんのプレゼントの包装が外れた。最後の方はちょっと包装紙を破いちゃったけど仕方ない。必要な犠牲だった。私は包装紙に包まれていた箱の中身を開けた。その中に入っていたのは……


「なにこれ……」


 私は思わず呟いてしまった。箱の中に入っていたものは、翔ちゃんがあの日買ったストールではなかった。イルカがデザインされたネックレス。これはこれでオシャレでプレゼントとしてもらったら嬉しい方だ。しかし、私は既に知ってしまっている。翔ちゃんがストールを買って、それを彼女へのプレゼントだと言ったことを。


「あれ? 気に入らなかった?」


 翔ちゃんが眉を下げて悲しそうな表情をした。私がこのプレゼントを見て喜んでないことに気を悪くしてしまったのだろう。でも、私は翔ちゃん以上にもやもやした気持ちを抱えていると思う。


「翔ちゃん。この前、ストール買ったよね?」


「え? あ……見てたんだ」


「うん。遠くから見てたんだ。翔ちゃんだと思って声をかけようとしたけど、私へのプレゼントを買ってたものだと思ったから、あえてスルーしたんだ」


 翔ちゃんはバツが悪そうに頭を掻いている。この反応はなんだろうか。翔ちゃんは私の他に彼女がいるのだろうか。あのストールは私ではなく、別の彼女へのプレゼント。そう思うと胸が締め付けられる想いだ。


「あー……」


 翔ちゃんは困惑している様子だった。言い訳の1つでも考えているのだろうか。


「翔ちゃん。私、聞いちゃったんだ。店員さんに向かって、これは彼女へのプレゼントだって言ってたよね? でも、私はそれをもらってない。これはどういうこと?」


「ごめん。彼女へのプレゼントって言ったのは嘘。本当は従妹の誕生日プレゼントを買ったんだ。でも、訂正するのが面倒だったから、店員と話を合わせただけなんだ」


「信じていいの?」


 正直、ちょっとだけ嘘っぽいと思ってしまった。良く分からないけれど、直感的に翔ちゃんは嘘をついていると思った。けれど、別の直感が翔ちゃんは浮気をしていないとも言っている。どっちを信じていいのかはわからない。


「真珠ちゃんは僕が浮気をしていると思ってたんだよね?」


「ごめん」


「まあ、状況的に疑われても仕方ないからね。僕が店員に向かって軽率なことを言ったせいで誤解させたようで本当に申し訳ない。本当に悪かった」


 翔ちゃんは私に頭を下げた。その誠心誠意な態度を見ていると、とても翔ちゃんが浮気をしているだとか、私に隠れて火遊びをしているというような気は感じられなかった。


「ううん。私の方こそ、一瞬でも疑ってごめんなさい。折角の1周年記念なのになんかごめんね」


 お互いが謝罪をしてこの場は収まった。私は決めた。翔ちゃんを信じる。翔ちゃんは絶対に浮気なんかしてない。状況証拠だけで疑うなんて良くないよね。


◇解答編


「みんな。今日も配信に来てくれてありがとー」


 今日もヒカリちゃんは可愛いなあ。いつもとファッションが違うな。このストールは初めて見た。コメントでそれを指摘しているのもちらほら見受けられる。ま、コメントを打ってないだけで僕の方が先に気づいたけどね。タイピング速度で負けただけだし。実質イーブンってところか。


「ん? このストール? そうなんだ。新作が出たから買っちゃった」


『僕も女装に興味があるけど、お店で女モノの衣装買うの恥ずかしい』


 誰かがそんなコメントをふとした。その瞬間、コメント欄の飢えた獣たちがシュババとやってきて、あれこれ囲んでいる。こいつら、今はヒカリちゃんの配信中だぞ。一視聴者に構ってどうするんだ!


「まあ、私も普段は女装してないからね。部屋の中でしか女装はしないし。だから、私もそういう衣装を買うのはちょっと体裁を保ってるんだ。例えば……自分で使う用だけど、彼女へのプレゼントってことにして包装して貰えばいいよ。そうすれば、店員からも変な目で見られないし」


 なるほど。そういう手もあるのか。ヒカリちゃんは賢いなあ。


「あ、でも、本当に彼女がいる人は気を付けた方が良いよ……うっかり、店員さんに彼女へのプレゼントですなんて言って、偶然彼女に目撃された日には……浮気を疑われちゃうから」


 なんか妙に生々しい話だな。でも、ヒカリちゃんは恋人いないって言ってるし、実体験じゃないな。安心して推せる。

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