第209話 空前の熊ブーム
「もしもし、大亜君? 今、時間あるかな?」
「用件次第では、暇になるかどうか決まる」
気心の知れた友人だからこそできる返しをする。暇は暇だけど、別にやることがないわけではない。八城の“趣味”に付き合わされるなら急に忙しくなる自信がある。
「実はさ、例のクマレースのゲームは知ってるよね?」
「ああ」
知ってるもなにも作ったのは俺だ。世界で1番詳しいと言ってもいいくらいだ。
「それで一緒に遊ぶ人を探していたんだ。このゲームは4人までプレイできるし、まだ枠が余ってるから大亜君も一緒にどうかなって思ったんだ」
「そういうことなら、俺も参加しようかな」
俺が制作したゲームの生の声を聞ける貴重なチャンスだ。ネット上でも反応はもらっていたけれど、プレイ中のリアクションは中々貰えるものではない。
「うん。それじゃあ、この前紹介した僕の城で待ってる」
「ああ、わかった。すぐ行く」
こうして、俺は八城と一緒に遊ぶことになった。今回は趣味に付き合えとかどういう話ではないから良かった。
◇
八城の借りているマンションの一室に辿り着いた俺。インターフォンを押すと八城が出迎えてくれた。そのまま中に入り、一室に案内された。そこにはそこそこ大きいディスプレイとそれに繋がっているパソコンがあった。地味に設備が良いのがなんとも言えない。八城の他には、大人しそうな女性がいた。八城の彼女なわけがないし、この人も“同士”という奴なのだろう。ただ、もう1人気になる人物がいる。壁に寄りかかり腕組みをした状態で狐の能面を被っている何者か……なんだこの人。
「紹介するよ。こちらは、日高 翠さん。主に声優を担当してもらってる」
「初めまして日高です。よろしくお願いします」
声優担当だけあって、良い声をしていると思う。プロの声優を目指すこともできるんじゃないかと思うほどだ。
「賀藤 大亜です。よろしくお願いします」
俺も日高さんに挨拶をした。なんというか……初対面の女性と話すのは久しぶりな気がする。社会人になってからは、本当に出会いがないからな。そういう意味では、こうしたコミュニティで色んな人と出会いがある八城を羨ましく思うことはある。
「そして、狐のお面を被ってる彼は、
「八城。ちょっといいか?」
俺は八城を呼び出して部屋から出た。そしてひそひそ声で尋ねる。目の前でこそこそと話されたら、稲成という人も良い気はしないだろうし。
「確認するけど、ここ撮影されているわけじゃないよな?」
「ん? 撮影も盗撮もしてないよ?」
「なら、顔出しNGってどういうことだよ。あの人は顔が割れたら困る有名人か何かか?」
それとも裏社会の人間か。というか、ここまで来るときに職質されなかったのだろうか。
「有名人というよりかは……プロのクリエイターかな。グラフィックとかを担当してもらってるんだ」
「へー……グラフィックをね……」
「結構有名なVtuberのキャラデザも担当した実績もあるみたいなんだ。担当したVtuberの名前は忘れたけどね」
世の中には、色んな人がいるんだなとしみじみと思った。俺たちは何事もなかったかのように、日高さんたちがいる部屋に戻った。
「大亜さんと言ったね。怖がらせてしまったようで申し訳ない」
「あ、いえ。そんな怖がってるとかそういうつもりは……」
「この面は、推しの形を模したものだ。社会的に顔を隠さなければならない立場ではない。別に私は凶悪犯罪をして指名手配されている身ではないから、そこは安心して欲しい。だから、通報だけは絶対にしないで欲しい。絶対に」
「はあ……そうですか」
俺はこれまでの人生で1度たりとも警察に通報したことはない。今日、初めての体験をするかもしれない。緊急でないなら、110番ではなく、最寄の警察署の番号の方がいいのか?
「それじゃあ、4人揃ったことだしゲームをプレイしようか」
八城がパソコンを操作して、俺が作ったゲームを起動させた。開発段階で散々見慣れたゲーム画面が表示される。俺たちはパソコンに繋がれたゲームパッドを手に持ち、熊のカラーリングを選択した。というより、他のキャラがいないのでカラーリングで差別化するしかなかった。
ステージ選択画面に移行するが、このゲームは急遽作ったゲームだ。それ故にまだステージは1つしかない。後々に色んなステージをアップデート予定ではあるが、今は本当に選択画面の意味が見出せない。後々のことを考えて拡張性を持たせるために作ったけど。
森の中にある
少し大人気ないかもしれないけど、制作者の維持として負けるわけにはいかない。
「おお、大亜君速いね! このゲーム結構やりこんでいる感じかな?」
「まあな。それなりな」
散々テストプレイしたコースだ。どこで曲がるのが最速なのかは体が覚えている。ゲームの難易度というものは制作者の基準で決められる。そして、制作者は基本的にそのゲームの上手さがトップクラスなのだ。だから、制作者が丁度良いかなと思うくらいの難易度は、世間一般的には高難易度のゲームとして扱われる傾向にある。だから、制作者がちょっと易しくしすぎたかな? と思うくらいが丁度いいのだ。俺は、そのことを念頭に入れてゲームを作った。つまり、俺にとってこのゲームは“易しすぎる”難易度なのだ。
俺の独走状態がずっと続くかと思っていた。しかし、日高さんの熊が直線のコースで一気に追い上げてきた。
「日高さん!? 速いですね」
「大亜さんほどでは……それにゲームは結構プレイする方ですから」
俺はスタートダッシュを決めた分だけスタミナが落ちている。だから、レースが終盤になると徐々に走力が落ちていくのは目に見えている。日高さんは、恐らくその瞬間を狙ってスタミナを温存していたのだろう。読みあいも上手い。
ゴールが見えてきた。俺はもうこのまま逃げ切るしかない。先行逃げ切り方は1度抜かされたら終わりなのだ。熊を全力で走らせる。ゴール直前にスタミナが切れるかもしれない配分だ。しかし、その賭けをしなければ、日高さんには負ける。
結果は――賭けに勝った。スタミナゲージをミリ残しして、ゴールすることができた。もし、スタミナが途中で尽きていたら。2位の日高さんには負けていたかもしれない。その後、3位に八城。4位に稲成さんという結果に終わった。
「対戦ありがとうございました。大亜さん強かったです。また今度リベンジさせてくださいね」
「ええ。機会があればまた遊びましょう」
「いやー。負けたけど楽しかったな。熊の挙動も可愛いし、本格的に完成したら人気出そうだね。稲成さんはどう思う?」
「私は、熊だけじゃなくて狐もいたら嬉しいと思うかな」
「ははは。稲成さんは狐推しだからね」
種族全体に対する推しとかそういう概念があるのか。まあ、色んな種類の動物を追加するのはありなのかもしれない。アイディアの1つとして持っておくか。
「このゲームの作者に狐の3Dモデルを送りつけてやろうかな」
稲荷さんがボソっと言った。俺としては、グラフィック制作能力は殆どないから素材を提供してもらえるのはありがたい。まあ、多分その場のノリの冗談かなんかだろう。
……と思っていたのだけれど、解散後にパソコンを開くと、稲成を名乗るクリエイターから本当に素材の提供がしたい旨のメッセージが届いていた。有言実行するにしても速すぎる。仕事は速いに越したことはないけど限度があるだろ。
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