第144話 真実を知る勇気
俺は匠さんと初めて出会ったファミレスにて、話し合うことになった。流石に2度も水だけで800円取られる世界には入り込みたくない。高校生の
とりあえずドリンクバーを注文して、ドリンクを取りに行く。メロンソーダとかいう、現実のメロンはそこまで緑じゃないだろってツッコミを入れたくなる飲み物を手に俺は席に戻った。
「さて、琥珀君。俺に確かめたいことがある……そういう顔をしているね」
匠さんの視線が俺の目に刺さる。思わず目を逸らしたくなるような圧を感じる。いや、匠さんは圧をかけているつもりはないのかもしれない。俺が勝手に後ろめたさのようなものを感じて、委縮しているだけ。その可能性の方が高い。
俺は質問に答える前に喉の渇きを潤したくて、メロンソーダを一口飲んだ。緊張しているからなのだろうか、メロンの味がしない。というか、元々メロンソーダって言うほどメロンの味がしないような。俺は触れてはいけない真理に触れかけたのかもしれない。いや、こんなことは大したことがない。これから俺が触れるのはもっと危険な領域なのだから。
「あの……匠さん。違ったら本当に正直に違うって言って欲しいんですけど……これから、いくつか質問してもいいですか?」
「うん。いいよ。俺は嘘をつかないと約束したら、絶対に嘘はつかない。今の琥珀君とはその約束ができる」
匠さんは考えが読めないこともあるし、計算高い面もある。だけど、俺よりも遥かに誠実な人物なのは、これまで接してきてわかる。その彼が嘘をつかないと言ったんだ。俺は真実に触れるしかない。
「前に匠さんが言っていた師匠が好きな人って……」
緊張の一瞬だ。俺は固唾を飲んで、口を開く。
「俺が知っている人ですか?」
日和った。けど、これは仕方ない。いきなり、それは「俺ですか?」なんて訊く勇気はない。それを訊けるのは冗談めかした雰囲気の時か、余程の自信家ぐらいなものだ。
「うん。そうだね」
匠さんは言葉を選ばず、即答した。
「えっと……じゃあ、その人って師匠に比べて年下ですか?」
「うん。年下だね。ウチの末の弟よりも若いよ」
水平思考的に師匠が好きな人物を特定していく。ここに来て、あの時の動画の経験が活きるとは思わなかった。師匠の末の弟は今年受験の高校生って言ってたな。それより若い……つまり、俺はまだ該当している。
正直言って、俺はここで「いいえ」という回答が欲しかった。そうすれば、俺は無関係でいられたのに。そんな俺の心を覗き込むかのように匠さんは「末の弟よりも若い」という俺が求めてない情報まで追撃で渡して来た。早く確信に迫れと暗に言われているようだ。
俺と師匠の共通の知り合いで、高校3年生よりも若い人物。その時点でもう答えは出ているようなものだった。ハッキリ言って俺以外の答えが思い浮かばない。しかし、俺は今最高にヘタれている。真実に触れるのがこんなに怖いことだなんて知らなかった。
「これ以上質問はないのかい?」
「あ、その……」
「琥珀君が言いたくないのなら、俺の口から真実を告げようか?」
匠さんは、もう俺が“気づいていることに気づいている”。けれど、その真実を口に出せない俺に助け船のような催促を出した。
「すみません……俺、この事実を認めたくないのかもしれません。だから、俺の口からは言えません」
「そうか……まあ、それでもいいか。ごめん。まだ高校生の琥珀君に無理をさせてしまったみたいで」
匠さんはスマホを取り出して、操作をした。そして、それを俺に渡す。
「真実を知る勇気が出たのなら、画面をタップして。そうすれば、操とのメッセージのやり取りが見れる」
「え……見せていいんですか?」
「まあ、本人の許可なく見せるのは少しお行儀が悪いけどね。でも、そうも言ってられないさ。昨日、中々真実を言いたがらない操に吐かせたから、この情報は間違いない」
俺は震える指で匠さんのスマホをタップした。そこに表示されるメッセージ。
匠『操は琥珀君のことが好きか?』
操『弟子として大切に想ってる』
匠『恋愛対象としてはどう?』
操『それは兄貴に言う必要ないだろ!』
匠『そうか。なら、操は琥珀君に対して恋愛感情を持ってないって伝えておくよ』
操『なぜそうなる!』
匠『今度、琥珀君と会う予定があるからな。彼なりに恋愛について悩んでいるみたいだし、親しい仲でも恋愛感情を沸かない例として説明するつもりだ』
操『兄貴……ロクな死に方しないぞ』
匠『俺はやり方があくどいだけで、みんなが幸せになれる結果を求めてるんだけどな。まあ、たまには素直になるんだな』
操『わかったよ! 私はAmber君のことが好きだ。それでいいだろ! だから、そんなことを彼に言わないでくれ』
匠『わかった。操が恋愛感情を持ってないとは言わない』
操『絶対だからな! 約束破ったら酷いからな! フリじゃないからな!』
匠『はいはい』
ここでメッセージは終わっている。俺は……頭に血が昇るような顔が熱くなるような、今すぐこの場から消え去ってしまいたいような感覚に襲われた。匠さんは黙っている。俺からなにかを話しかけなくてはいけない空気がこの席を支配している。
「匠さんは……いつから気づいていたんですか?」
「さあ。そんなこと覚えてないくらい昔から気づいていたよ。俺だけじゃない。昴も気づいていた。まあ、アイツはそういう恋愛事に関する嗅覚が鋭いから特別だけどね」
なんか恥ずかしい。当事者である俺だけが気づいてなかったみたいな感じになっている。1番、俺と師匠のやりとりを知っている人物なのに……匠さんはともかく、そこまで俺と師匠のやり取りをみていない昴さんや莉愛さんですら俺より先に気づいていた。俺は両手で顔を覆った。今の顔は誰にも見られたくない。
「当事者だと逆に気づかない……恋愛ではよくある話だから気にしなくて大丈夫だ」
匠さんがフォローしてくれているけれど、それでも俺はどうして師匠の感情に気づいてあげられなかったんだと自分を責めてしまう。
「匠さん……俺はどうすればいいんですか。俺は師匠と今の関係を壊したくないんです」
「うん」
俺の話に匠さんは頷いてくれた。俺自身気持ちの整理がついていないことを匠さんはわかっている。だから、余計な情報を入れないように自分の意見を押し殺してくれているんだ。
「その……俺が師匠の気持ちに応えたとしたら付き合うことになるじゃないですか。その時点で関係性は変わりますし……恋人関係にだって、いつか終わりが来ます。それが破局なのか結婚なのか……あるいは死別なのかはわかりませんが……もし、別れた場合、俺たちは以前のような師弟関係に戻れると思いますか?」
「それは2人の問題だから俺がどうこう言える話じゃないけど……操だったらその辺は上手く割り切れると思う。そうなった時の関係性は琥珀君次第だと思う」
まだ付き合うことが正式に決まった訳じゃないのに、付き合いの終わりを見据えて不安になってしまう。わからない。どうして、俺がこんな気持ちになっているのかが。俺には将来の夢があって、それには悪いイメージが全然沸かない。でも、恋愛になると失敗する可能性を加味して考えてしまう。
「でも、琥珀君が操とのことを真剣に考えてくれて嬉しいよ。不誠実な男だったら、何も考えずに操と付き合っていたかもしれない。そこまで真剣に悩んでいるということは、琥珀君も操のことを大切に想ってくれているから……俺はそう解釈しているよ」
「それは……師匠は大切な人ですから、真剣に悩むのは当たり前じゃないですか!」
「ははは。そうやって想いをストレートに伝えられることはキミの良いところだ。そういった想いを真っすぐに伝えられない男性は多いからね」
「そう……なんですか」
結局、俺はドリンクだけを飲んで店を後にすることになった。料理を注文しない迷惑客だと思われようとも、今は食欲が沸かない。そんな気分だ。匠さんは俺に、ああしろだのこうしろだのは言わなかった。相談すればアドバイスには乗ってくれるだろうけど、行動を決定するための最後の一押しはしてくれないだろう。自分の気持ちには自分で決着をつけろ。そういうことなんだ。
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