第119話 配信終了RTA
今回の配信は、【最下位で即終了マサオカート】。その言葉の通り、最下位を取ったらその瞬間に配信を終えるという企画だ。
マサオカートは中々に歴史があるゲームで、俺が生まれるよりずっと前からシリーズが始まっている。昔の人たちは、友達同士、誰かの家に集まってゲームをしていたらしいが、俺がプレイするのはその最新作だ。ネット対戦が充実していて、俺もそれで全世界のお友達と戦うのだ。
配信開始前だと言うのに既に人が集まっている。
『30分後に家を出ないといけないのに配信にきました』
『良かったね。最後まで見れるよ』
『忙しいから1試合だけの配信はたすかる』
ひどい言い草である。ショコラは運転下手というイメージが既についてはいるが、流石に初手で最下位を引くほど運転が下手なわけがない。そもそもこのゲームは総勢12人でレースをするゲームだ。その最下位になれるのは、正に選ばれた1人だけ。最下位になろうと思ってなれるものではない。
時間になったので、俺はショコラとして、その配信に登場する。
「みな様。おはようございます。バーチャルサキュバスメイドのショコラです。本日はタイトル通りに、マサオカートをします。最下位を取ったら即終了します。エンディングトークとかもありません。反省会もなしです。容赦なくバッサリ配信を切ります」
『短い配信になりそうだ』
『風呂の電源入れてきた。終わったら入る予定』
『沸く前に配信終わるから、終わる頃に入れないぞ』
最早リスナーの誰もがショコラがの敗北を確信していた。実際、俺はこのゲームに関しては初心者である。最下位を取っても不思議ではない実力しかないように思えるが、俺には秘策がある。それは下には下がいる作戦だ。
俺も高校生で人並にはゲームをしてきた方だと思う。そして、このゲームは当然のことながら、小学生や中学生も当たり前のように参加している。流石の俺も、いくら初心者とはいえ、小学生や中学生の初心者に負けるとは思えない。12人もいれば、そうしたキッズが一定数割り込んでくれるはず。つまり、俺は最下位になる確率は限りなく低いというわけだ。
正に完璧な作戦。そこには一部の隙もない。ごめんねリスナーのみんな。今回は長い耐久配信になるから。
「それでは、早速やっていきましょう。使用キャラは……このキノコヘッドにしましょう」
数あるキャラクターの中で、キノコ頭のキャラクターを選択する。そして、マシンを適当に選びマッチング画面に移動した。
画面に映し出される全世界から集って来た猛者たち。そしてマッチングが完了したのでステージ選択画面になった。12人がそれぞれステージを選び、その選択された中からランダムでステージが決定する方式だ。
「それでは、私はこの火山ステージを選びますね」
俺はどのステージを選んでいいのかわからなかったので、適当なステージを選んだ。どうせ、俺のステージが選ばれることはないだろう。
そして、始まるルーレット。火山ステージを選んだのは俺だけだ。果たして、どのステージが選ばれるのか……ルーレットは勢いを失い、徐々に失速していく。そして、止まった位置は俺が選択した火山ステージだった。
「あ、選ばれました。まさか選ばれるとは思ってませんでした。幸先がいいですね」
『すぐ退場するからコンピュータも気を利かせてくれたのかな?』
『自分で選んだステージで敗北するのに10セサミ賭ける』
そして、画面が暗転して場面が切り替わる。火山ステージに現れるキノコヘッド。自身のカートに乗り、スタートを待ちわびる。俺はスタートダッシュを賭けるためにボタンを連打した。
画面に表示されるカウントダウン。3、2、1、スタート! スタートダッシュが上手く決まり、爆速で駆け抜けるキノコヘッド。その甲斐もあってか、一気に5位と中々に高い順位となった。
「順調な滑り出しですね。このまま一気に攻めますよ」
『スタートダッシュ決められてえらい』
『正直スタートダッシュ失敗するかと思ってた』
順調に真っすぐ進み、最初のアイテムゾーンに突入した。アイテムを手にすることができれば、ランダムでアイテムが手に入る。このゲームは、アイテムがかなり重要な要素で、このアイテム1つで大逆転がありえる。勝敗を決めるのは、単純にレースの腕だけではない。アイテム運とアイテムを使う駆け引きなどでいくらでも勝敗は動く。順位が下の方ならばいいアイテムが出やすい傾向にあるらしい。今のキノコヘッドの位置は中盤くらいなので、運次第ではいいアイテムが手に入るかもしれない。
キノコヘッドがアイテムを取ろうとしたが、前方を走っていた薄気味悪い緑色をした爬虫類が先にアイテムのオブジェクトをかっさらってしまった。アイテムのオブジェクトは一定時間経つと復活するものの取られた直後は消失してしまう。当然、オブジェクトに触れなければ、アイテムは入手できない。
「ああ! なんてことをするんですか! この顔色が悪い爬虫類は!」
このゲームはアイテムの比重が非常に大きい。アイテムを取り損ねるとそれだけで不利になってしまうのだ。そして、爬虫類がバナナの皮を路上に置いた。爬虫類が拾ったアイテムを早速使って来たのだ。爬虫類の後ろをぴったりとくっついていたキノコヘッドは、バナナでスリップしてしまった。
「ああ! なんでそんなひどいことするんですか!」
その事故のせいで、一気に順位を落とすキノコヘッド。先程まで5位だった順位が一気に10位まで落ちる結果になった。
「抜かされてしまいましたね。でも、まだ1周目。逆転のチャンスはあります」
俺は気を取り直して、キノコヘッドを操作した。再び前に向かって走り出す。前方に見えるのは急カーブの崖。急いで曲がろうとするものの、旋回が間に合わずに崖の下に落ちてしまった。
「あ」
完全なるコースアウト。なんとか引き上げてもらったものの、その時間は確実にロスになる。その間に1人に抜かされてあっと言う間に11位になってしまう。
「ぐぬぬ。負けませんよ。最下位にならなければいいだけの話ですから」
1位じゃなくていい。最下位にさえならなければそれでいい。そう思って、ハンドルを握る。だが、カーブのゾーンが抜けられずに苦労してしまう。そうしている間にあっと言う間に12位になってしまった。
「ま、まだ1周目です。諦めませんよ」
なんとか崖のカーブゾーンを抜けた。そして、その先にあるアイテム。今度は前方に誰もいないから、いいアイテムが取り放題だ。そう思って、アイテムのオブジェクトに突っ込む。取れたアイテムは無敵状態になれるスターだった。これがある間はキノコヘッドは他プレイヤーの妨害を受けないし、スピードも速くなる。正に無敵の人だ。
スター状態を維持したまま走るが、壁に激突する。流石の無敵も壁にぶつかれば減速は免れなかった。壁と格闘すること1分。キノコヘッドは誰かに抜かされた。俺は現在最下位であるから、その俺を抜かしたということは……つまり周回遅れってことだ。
『周回遅れで草』
『1位どころか、既に11位と絶望的な差がついてるんですが』
『これもう逆転不可能だろ』
『え? この状態から入れる保険があるんですか?』
そんな煽りコメントがついている中、なんとか1周目を完走した。残り2周だ。11位は現在、2週目の中盤辺りにいる。ここからでは最早逆転は不可能だ。だけど、諦めるわけにはいかない。配信者が諦めて全てを投げだすほど興醒めすることはない。どんな競技でも参加している以上は、相手がいる以上は、投げ出すなんて不誠実なことをしてはいけないんだ。
そんな中、キノコヘッドがアイテムを入手した。このゲームでも最強と名高いミサイルだ。プレイヤーが一定時間ミサイルに変身して、爆速で駆け抜けるというもの。このアイテムのお陰で下位から上位に躍り出ることも珍しいことではない。
「やったああ! ミサイルだあああ! いけええええ!」
しかし、11位と離されているため少し距離が縮まった程度だ。そして、次のアイテムを入手。またミサイルだ。
『2連ミサイルは草』
『流石に2連でミサイル引いて負けるやつはおらんやろ』
『このアイテム運で負けるやつおりゅ?』
爆速で駆け抜けるキノコヘッドもといミサイル。そして、11位が目前に見えた。そいだ。こいつだ。こいつさえ抜かせば、ショコラは勝てるんだ。
そう思っていた矢先、11位がミサイルに変身してキノコヘッドを思いきり突き放した。
「そっちもミサイル引いてたんかい!」
結果は火を見るよりも明らかだった。11位も下位であるからいいアイテムを手に入れやすい。その当たり前の事実に呆然とするしかなかった。
そして11位がゴールした瞬間。俺は配信をそっと閉じた。
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