第110話 ショコラのホームランダービー

「みな様おはようございます。バーチャルサキュバスメイドのショコラです。突然ですが、みな様はかつてFreshという規格があったのをご存知でしょうか? 動画やゲームを作る際に使われる規格で数多くの名作動画やゲームが誕生しました。当時としては正に新鮮味のある規格でした。しかし、年月が経ち新しい規格が誕生する中で、セキュリティの脆弱性を指摘されるようになりました。そうして、Freshはサービスを終了し、長い歴史に幕を閉じることになったのです」


『丸描いててー』

『開国シテクダサーイ』

『兄貴ィってなんだ?』

『コメ欄から加齢臭がするんですけど』


 この話をすると大抵インターネット老人会が始まるのだ。尤も俺は全盛期の世代ではないので、思い入れはあんまりない。


「そんなFreshの名作ゲームの1つに、名前を言ってはいけないクマがホームラン打つゲームが誕生しました。元々は子供向けサイトのゲームでしたが、このゲームの難易度は子供向けのそれではなかったのです。大人がやっても発狂するようなゲームでした。多くのやきう大好きなお兄さんたちが休日の貴重な時間を費やした正に闇のゲームなのです」


 このブラウザゲームのURLを張ると「ハランデイイ」と返ってくる。そういったお約束が生まれるほど、またURLを見ただけでなんのサイトかを即座に判別できるほどにカルト的な人気を博しているゲームなのだ。


「既にサービス終了したゲームを長々と語ったのには理由があります。それは、このゲームを3D化して復活させた猛者がいるからです。制作者はブリリアント様。前回もショコラのモデルを使ったゲームを作ってくれた人ですね。本当にありがとうございます。一般公開する前に、私に先行プレイをさせてくれるようです」


 なぜよりによって、ホームランダービーを再現したのか。俺もあのゲームは1回触れたことがあるけれど、速攻で心が折れてしまった。世間では、□ビカスがどうこう言われているけれど、□ビカスに辿り着くまでも割かし苦行なのだ。このゲームにはそんな理不尽な難易度まで再現されてないと信じたい。


「それでは早速やっていきます」


 ゲームを起動するとバッターボックスに立っているショコラ。それと、マウンドに立っているセサミ。


「この犬が相手ですか。まあ初級の相手ですし楽勝でしょう」


 セサミが中央の首からボールを投げる。そのタイミングを見計らってショコラがバットを振るった。しかし、それは見事に空振り無情にもストライクとなってしまった。


「なんですかこの犬は! なんで犬がボールを投げるんですか! あなたは人間が投げたボールをキャッチする側でしょうが!」


『犬差別はよくない』

『犬がボールを投げるのはダメですか?』

『いきなり差別かよサキュバスらしいな』

『推しをバカにされたんで低評価押します』


「本当に低評価押されてますね。セサミファン最近増えてません? 誰かが布教活動とかしてるんですかね?」


 セサミグッズを複数買ってくれた人もいるみたいだし、その人がグッズをばら撒いて布教しているのかもしれない。しかも最近はセサミのDL数も微増しているし、俺の知らないところで変な活動をしている人がいるのかもしれない。ちなみにショコラのDL数は……やめよう。考えたら気が滅入る。


 続いてセサミの第二投。ボールは直線的な動きなので打つのはそんなに難しくないはず。さっきは振るのが若干早かったから、今度は少し遅めに振って――


 カキーンと景気のいい音が鳴り、ボールが放物線を描き飛んでいく。そのままボールが大きく飛んで画面外へと出る。


 画面中央にポップな字体で【ホームラン】と表示された。


「やった。やりました。ホームラン取れましたよ。見ましたか?」


『えらい』

『さすショコ』

『ちゃんと打ててえらい』


「この調子でどんどんホームランを打っていきますよ」


 続いてセサミがボールを投げる。さっきと同じタイミングで振ることを意識する。そして、見事にバットに命中させてボールが飛んでいく。しかし、飛んでいった方向が明後日の方向だった。画面に表示されたのは【ファウル】の文字。


『惜しい』

『ちゃんと投げれてえらい』

『オービーだよ!』


「なんでセサミを応援している人がいるんですか。相手は血が通ってないAIですよ? こっちはちゃんと血が通ったサキュバスが操作してるんです」


『セサミにも魂つけて』


「犬の知り合いはいないので、セサミに魂はつきません」


 続いて犬畜生がボールを投げる。これはきちんと打ててホームランを取ることができた。ここまでの成功率は2分の1。立ち上がりとしては、まあまあ、いい成績である。


「よーし。コツは掴みました。次からはホームラン連発しますよ」


 そう思っていた矢先だった。セサミの3つの頭がそれぞれボールを咥えている。


「え?」


 困惑するショコラだが、そんなのはお構いなしにセサミがボールを投げる挙動を見せる。もちろん、挙動だけではどの頭からボールが投げたかは推測できない。画面から見て右の頭からボールが放たれる。さっきまで真ん中の感覚で打っていたからコースの体感がズレてしまう。


 画面に表示される無情の【ストライク】


「なんなんですか! あれ! ひどくないですか? なんでボールを3つ持ってるんですか!」


『頭が3つあるから当たり前』

『しょうがないだろセサミなんだから』

『理不尽難易度まで再現できてえらい』

『3Dモデルの売上で負けてるのに野球でも負けるのか』


「はい。3Dモデルの売上に言及した人。あなたライン越えましたね。許しませんよ。罰としてショコラの3Dモデル買ってください」


『サキュバスの癖にバットの扱い下手で草』


「なんですか? サキュバスがバットの扱い下手で問題あるんですか? サキュバスとバットの因果関係を説明できるんですか? 子供も見ているかもしれないこの配信で説明できるんですか?」


『圧やめて』

『圧たすかる』

『サキュバスを好んで見るのは大体エロガキだから問題ないでしょ(適当)』


 その後も何度かセサミに挑戦したけれど、どうしても3択が攻略できずに撃沈してしまった。一部のリスナーのコメントでは、セサミのモーションをよく観察すれば3択はわかるとのことだった。しかし、多くのリスナーも判別できてなかったように、見極めはかなり難しいのだ。そうした理不尽難易度がリスナーのみんなに伝わったのか、ショコラを同情する声がポツポツと出ていた。


「はあ……結局勝てませんでしたね。ショコラブのみな様。リベンジお願いします」


『お断りします』

『嫌です』

『NO THANK YOU』

『断る』


「このゲームはもうすぐ配信予定ですので、SNSのつぶやきの方に特設サイトのページを貼っておきますね。興味がある人はぜひプレイしてみてください」


『ハランデイイ』

『ハランデイイ』

『ハランデイイ』

『ハランデイイ』

『ハランデイイ』



「ねえねえ、大亜君。この前のショコラの配信見た?」


「ん? ああ、まあな」


「凄かったよね。あのセサミがボール投げるゲーム」


「注目してんのはそこかよ。常人の認識では、ショコラちゃんがホームラン打つゲームだろ」


「セサミのモーションがさ、とにかく凄かったよね。滑らかにぬるぬる動くし、全く不自然さも感じない。しかも一見初見殺しに見えるような3択もセサミの動きを良く観察すれば、そのボールを投げるかの予測がつくようになっている。動くが可愛いし、なにより可愛いし、可愛い!」


「落ち着け八城。途中から変だぞお前。いや、最初からか」


「うーん。あのゲームの制作者のブリリアントさんだっけ? あの人となんとかコンタクト取れないかなって思ってるんだ。連絡先さえ公開されていれば、ウチのサークルに勧誘できたのにな」


「なんでもかんでも沼に引きずり込もうとするのやめろ」

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