第89話 世界って狭いよねえ

 今日は休みの日なので先日アップされたショコラちゃんの動画を観た。このゲームはかなり懐かしいな。昔、琥珀と一緒にああだこうだ言いながらプレイしてたっけ。と言っても、あの時俺は大学生で琥珀はまだ小学生だ。琥珀が自力で解法に気づけるように上手いこと誘導させたのもいい思い出だ。


 さて、大学生と言えば、今日は大学時代の友人に会うことになっている。卒業後もちょくちょく会う仲ではあった。けれど、今年に入ってからはまだ1回も会っていない。俺も昇進して諸々の事情で忙しかったからな。アイツもアイツで会社勤めをしながら、副業していて忙しいらしい。相変わらずアクティブな奴だ。


 大学時代はアイツに一緒に起業しようだなんて誘われたものだ。俺は俺でアイツの能力を高く買っていた。だから、一緒に起業するのも悪くはないと思っていたが……そんなことは母さんが許してくれそうにもない。だから、俺は一般企業に就職して安定の道を選んだ。


 今にしてみればその選択は正しかったと思う。社会経験のない若造2人が無計画に起業をして成功するほど世間というものは甘くない。社会人になってからそのことは痛感している。もし、母さんの教育方針がなかったら俺はいばらの道を歩んでいたかもしれない。


 それに、下の弟妹のこともある。真鈴は確実に変な道を歩むだろうし、琥珀もクリエイティブな才能に富んでいる。だから、きっと不安定なクリエイターの道に進むかもしれない。真珠は……どうなるのかまだわからない。彼らには自由にのびのびと進路を決めて欲しいと思っている。だからこそ、せめて俺がきちんとした企業に勤めて順調に出世コースを歩まなければならないという意識が強くなった。流石に兄弟全員が虚業に進んだら、母さんが可哀相だ。


 と言っても母さんの第一希望は俺を公務員にすることのようだったが、そこは流石に自分の意思を示して拒否した。公務員が悪いというわけではない。ただ、俺には合いそうにもないというのが本音だ。公務員というのは、どうしても決められた仕事をきっちりこなすのが本分のようなところがある。だが、俺の想いとしては、どうせ社会に出るなら革新的なことをしたい。それをやるんだったら民間企業の方が色々と都合が良いと思ったのだ。


 そろそろ家を出る時間か。俺は琥珀と真珠に出掛ける旨を伝え家を出た。


 駅前で待ち合わせをしていると、俺の友人である八城やしろ 辰樹たつきがやってきた。飾り気もなにもない地味な色のジャケットとジーンズという服装だ。


「おう。八城。久しぶり。1年振りくらいか?」


「うーん……そうだね。もうそんなに経つんだ」


 少し考えこんでから答えた八城。相変わらずのんびりとした雰囲気の奴だ。こんな雰囲気で色々と行動を起こす奴だから、俺としては面白くて気に入っている。


「そんな久しぶりの友人に会うんだったら、もう少し服装に気を遣ってもいいんじゃないか?」


「まあ、男同士だから、そういうの気にしないよ僕は。それに一流のCEOは服装は完全にルーティンで決めてるからね。着る服を悩む時間がもったいないのさ」


「お前は一流のCEOじゃないだろ」


「ひどいなあ。将来の社長を捕まえて」


 こいつ、まだ起業を諦めてなかったのか。その辺りの話も後で訊いてみるか。


 そんなわけで駅前にあるカフェにやってきたのだ。琥珀の話だとここの店は雰囲気がいいらしいけれど、飾ってある絵のセンスがないらしい。俺から見たら全然普通の絵にしか見えない。けれど、芸術の才能がある琥珀からしたら、許せないものがあるのだろうか。


 俺たちは適当に飲み物を注文して話すことにした。


「大亜君。最近仕事の調子はどう?」


「ああ。まあまあ、順調にやらせてもらっている」


「流石、出世する男は違うね。キミに目を付けていた僕は正しかったんだ」


「やめろ。なんかむず痒い」


 こいつは、自然に人を褒める奴だ。そのせいか、学生時代は周りに結構人がいた。無自覚な人たらしという奴だ。


「まあ、ウチの会社は風通しが良い職場で結構助かっている。若手の意見でも上に通りやすい仕組みがあるし、どんな意見でも無下に扱われることがない良い職場だ」


「へー。そうなんだー。それはいいね。僕なんか上に意見言いすぎて嫌われてるんだ。『お前を昇進させるつもりはない』って人事部から面と向かって言われたよ。あはは」


「楽しそうに語ることかよ。それパワーがハラスメントな奴だろ」


 こいつは昔から呑気なやつだな。


「まあ、上に嫌われるくらいが丁度いいと思うよ。それだけ上の人間には思い浮かばなかった思考ができているってことだからさ」


「ウチは逆だな。上層部の人間はご機嫌取りのイエスマンを嫌っているんだ。まあ、そのお陰で革新派の俺が気に入られて出世してしまったわけだけど」


「良い職場じゃないか大亜君。その環境は大切にした方がいいよ」


「ああ。そうだな」


 俺も八城も似たようなものだ。だけど、待遇の差は環境で決まってしまったんだなと思った。


「まあ、八城の方はすぐに転職した方がいいと思うぞ」


「うん。僕もそう思う。だけど、僕の場合は転職というよりかは、起業したいという欲の方が強いからね」


「まだ言ってるのかこいつ」


 本当に懲りない奴だな。俺がこいつの起業に乗らなかった理由は、母さんだけが原因じゃない。こいつには困った嗜好があるのだ。


「今も起業じゃないけど、同人活動としてサークルを立ち上げて細々とやってるよ。賛同者も集まってくれてるし、いずれこのサークルを大きくして法人化するのが夢なんだ」


「マジかよ。賛同者へんたいがいるのかよ」


「なんやかんやで供給が少ない隙間産業的な立ち位置だからね。固定客はついているよ」


 固定客がいるのか……世界は広いな。


「まあ、ある程度利益が計上できたしそろそろ次の段階に行きたいと思ってさ。今度3D化に挑戦するんだ。心機一転ということで、3D部門はブランドを分けようと思ってるんだ」


「アレの3Dとか需要あるのかよ」


 まあ、アレと言葉を濁したのには理由がある。こんな話題、昼間の飲食店でする話じゃない。


「アンケート取ってみた所結構需要あったみたいだよ」


 マジかよ。需要あるのかよ。世の中とんでもない感性の持ち主がいるんだな。


「だから、動物のモデリングが上手い人を探して、モデリング依頼を頼んだんだ。それなりの金額もきちんと用意してね。最初は食いつきが良かったけど、仕事内容を話したら断られたよ。あはは」


「だろうな」


 それに関しては、依頼された人が可哀相だ。その人だって、アレ目的で動物をモデリングを練習したわけではないだろうに。


「日本は、この分野に関してはまだまだ後進国だからね。だからこそ僕が海外勢に追いつけるようにがんばらないといけないんだ」


「初めてだよ。がんばろうとする友人にかける言葉が『がんばれ』じゃなくて、『がんばらなくてもいい』になるのは」


 俺としては、永遠に後進国のままでいいと思う。八城だって、別に顔が悪いわけでも性格が悪いわけでもない。少し、女子ウケを意識した行動を心がければ、いくらでも相手が見つかるはずなのだ。なのに、当の本人は女に興味がないのだ。いや、女の前に“人間の”を付けるべきか。


「まあ、大亜君が僕たちのお仲間でなくて残念だったよ。キミもモテそうなのに、彼女がいない。だから、特殊な嗜好を持っているかと思ったんだ」


「やかましいわ! 俺はモテないだけだ!」


 放っておいてくれ! 俺は普通に人間の女の子が好きなんだよ。


「うーん。そうかなあ。大学時代は確かに女子が少なかったけど、高校時代にはそれなりにモテたんじゃないの?」


「高校時代の話はやめてくれ。女子に好かれるどころか、ちょっかい出されてトラウマが……」


「そ、そうなんだ。ごめん」


 あの女は今頃どうしているんだろうか。また性懲りもなくその辺の男にウザ絡みでもしているのだろうか。

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