第82話 レトロゲーム配信

 レトロゲーム。明確な定義が付けられているわけではないが、前世代に発売されたゲームである。ゲーム発売10周年20周年の節目になると、おっさん世代の人間が「あのゲームが発売してもうそんなに経つのか!?」とか騒いでいる。現役高校生の俺としては、それはそうだろとしかツッコミようがない。俺が生まれる前からあるゲームでも「つい最近」だと感じる人は一定数いるのだ。


 どんなものにも寿命というものがあって、それはレトロゲームでも例外ではない。生産が止まって、公式の修理サポートも終了した今となっては、ハードとソフト共に入手してプレイするのが困難になるのだ。


 ところが、そうしたレトロゲームも最新のハードで遊べるようにする動きはあるのだ。本来なら互換性のないハードでソフトを動かすためのエミュレータと呼ばれるあれこれがあるらしい。俺は技術者じゃないので、詳しいことは知らないけれど。公式がそういった技術を用いて、昔の名作を遊べるように移植してくれているのだ。


 そして、その過去の名作が俺が持っているハードに入っているのだ。今回は配信でそのゲームをやってみることにした。


『【ショコライブ】レトロゲーム配信枠』


「はい……そろそろ配信始めていきますね。みな様おはようございます。良い夜ですね。バーチャルサキュバスメイドのショコラです」


『おはよう』

『夜なのにおはよう……妙だな?』

『サキュバスは夜がおはよう定期』


「本日はレトロゲーム配信をしていきますね。往年の名作タイトルが遊び放題だなんていい時代ですね」


 一応、遊ぶ前に配信されているゲームの発売当時の定価を見てみた。ソフト1本につき、1万円以上するものがほとんどだった。今のゲームの販売価格では信じられないくらい高価だ。その1万円以上するものが、今ではまとめ売りされているようなレベルなのだ。時代の流れというものは恐ろしい。


「私はあんまりゲームをプレイしたことがないので、この時代のゲームはやったことがないんですよ。だから、初見プレイですね」


 世代バレをしないような含みを持たせた言い方をする。これなら、この時代に生まれているけれど、あえてプレイしなかったとも取れる。実際は世代が違うからプレイはしたことがないのが理由だ。上に兄弟がいる場合だと、同世代より少し上のゲームをプレイすることもある。けれど、残念ながらこれらのゲームの世代は兄さん世代より若干上だった。俺には縁がなかったものだ。


「それじゃあ、このゴリラがパッケージのゲームをプレイしますね」


 パッケージに押し出されているゴリラ。見た目のインパクトは抜群だ。起動すると制作会社のロゴが表示されて、次にタイトル画面が表示される。スタートボタンを押してゲームを開始する。


 ゲーム開始したら、森の中に1匹の茶色い毛並みのゴリラがいた。


「え? これを操作するんですか?」


 適当に十字キーを動かしているとゴリラが動いた。ゴリラを操作するアクションゲームのようだ。


「チュートリアルとかなにもないんですか?」


 ゲームには当然あるはずの操作説明というかチュートリアルのようなものがない。適当にボタンを動かして、ジャンプしたり転がったりのアクションをする。


『説明書とか読まないんですか?』

『ホームボタンを押したら、説明書が出るはず』


 説明書ってなんだよ。家電じゃあるまいし、ゲームにそんなものがあるのか。しかし、配信中に説明書を読むわけにはいかない。リスナーはゲームを楽しみに、配信を開いていくれているのだ。説明書を読むだけの配信とか誰が得するんだという話だ。


 そんなわけで、適当に動かしていると目の前にワニが現れた。


「あ、ワニだ。ちょっと突っ込んでみますね」


 ゴリラとワニが接触したら、ゴリラがその場で倒れて画面が暗転した。そして、ステージの最初に戻されてしまった。


「え? どういうこと? やられたんですか?」


『草』

『よわよわ』

『ここで死ぬやつ初めて見た』

『レゲー特有のオワタ式アクション』

『そらそうよ』


「いや、意味わかりませんよ。ゴリラですよゴリラ。どう考えても一撃でやられるなんておかしいじゃないですか。あの筋肉の塊が! 攻撃に耐えられないなんて! おかしいでしょうが! ゴリラならワニとかワンパンで倒せますよ」


 ゴリラに対する謎の信頼感。即死するアクションゲームをしたことはある。でも、それは大抵ライフ制のゲームで、雑魚敵の通常攻撃ではまず死なない。即死トラップやボスの大技を食らってやっと即死という難易度だった。


 昔のゲームは恐ろしいものである。ただの雑魚で即死するのがスタンダードだなんて。


『タル投げてもろて』


「ああ、タルを投げればいいんですね」


 ネタバレコメントは特に禁止してなかったので、指示が届いた。最近のゲームに慣れている俺としてはありがたいことである。昔のゲームはチュートリアルがないから困る。ゴリラを操作して、その場にあったタルの前でボタンを何個か押してみた。すると、ゴリラがタルを持ち上げたのだった。


「おお、持ち上げました」


 もう1度ボタンを押したらゴリラがタルを投げた。それがワニに命中する。ワニは汚い声を上げて画面から消えていった。


「やった倒しました! どうですか? みな様。敵を倒しましたよ」


『えらい!』

『さすショコ』

『そんな大騒ぎするような敵じゃない定期』


 無事に敵を倒したことにより、ゴリラを先へと進ませた。どうやら敵は踏んづけたり、ローリング攻撃をしたりすることでも倒せるらしい。確かにゴリラの体重で踏んづけられたら死ぬだろうけど、普通にゴリラパワーで殴った方が早いと思う。ゲーム的にはそういうツッコミはなしなのだろうか。


 しばらく進んでいると、目の前に新たなタルが置かれているのを発見した。このタルは今まで出てきたタルと違い、TNTと書かれている。俺はその瞬間、なにかを察してしまった。


「あ……」


 英語の略称というものは色々ある。FCがフランチャイズだったり、フライドチキンという意味だったり。TNTも俺が想像しているような意味ではないのかもしれない。


「いや……大丈夫ですよ。みな様が想像しているようなことは起こりません。現場は安全です。安全確認ヨシ!」


 ゴリラは、そのタルを抱えて細心の注意を持って運んだ。大丈夫。取り扱いに気を付ければ変なことにはならない。


 目の前に敵が現れた。この威力が高そうなタルの出番だ。俺は投げる動作をした。前方に投げる……そのはずだったけれど、ゴリラはなにを思ったのかそのタルを上空に投げた。


「え?」


 落下するタル。そして、タルにぶつかるゴリラ。爆音と共にゴリラは爆散してしまったのだった。


 やっぱり、TNTはトリニトロトルエンの略。爆薬が詰まったタルだったのだ。


『知ってた』

『まーた爆発しておられる』

『本日の炎上会場はここですか?』

『ちょっと作業して見逃してたから、後で切り抜きで見るね』


「な、なんで上空に投げてしまったんですか? 現場は安全って言ったじゃないですか!」


『上キーを押して投げると上空に投げてしまうのねん』

『ゴリラは爆発に巻き込まれると死ぬ』


「い、いやー。やっぱり昔のゲームは難しいですね。昔は容量少ない分、難しくしてプレイ時間伸ばす工夫がされてたと聞きますし。だから、私は悪くないです」


『確かにこのゲームは難しいけど、最初のステージで2度も死なないよ』

『最新ゲームでも爆死した人がなんか言ってる』

『爆発で死ぬようなゴリラが悪い。なんのための筋肉だよ』


「いや、だってレトロゲームでも爆発炎上するとは思わないじゃないですか」


『昔のゲームはエフェクトが単調だから逆に爆発やら炎上やらの演出が多いよ』

『爆発や炎上は少ない色数で派手なエフェクトを表現できるからね』


「ええ……」


 どうやら俺は開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまったようだ。レトロゲーム恐るべし。

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