第55話 Amberの正体

 今日も今日とて実況動画を撮影する。いつもはそんなに伸びない実況動画だが、新作ゲームをプレイしているということもあってか、再生数も評価数も10倍の伸びを見せている。と言っても2桁が3桁になっただけではあるが。


「はい。それでは今日もクリスレを実況していきます。本日狩るクリーチャーは、ラムフラムです。装備はこちら」


 ステータス画面を開く。一応、視聴者もこの装備を参考にするかもしれないから見せておきたい。


ネーム:Hiro

ランク:6

称号:キノコ採取名人

武器:火竜の竪琴【改】

頭:プライドヘルム

腕:プライドガントレット

銅:プライドアーマー

腰:プライドベルト

脚:プライドグリーブ

アクセサリ:紅玉のピアス


「はい。プライド一式に加えて、アクセサリに火耐性を増強する紅玉のピアスを付けています。これにより、ラムフラムの火属性の攻撃を軽減します。プライド一式の効果は――」


 特に苦労することなくラムフラムを討伐することができた。ゲームの腕ならば、そこらの大手のゲーム実況者にも引けを取らないはずだ。だが、ゲームの腕だけで動画が伸びるほど生易しい世界ではない。やはり、俺にはエンターテイナーの才能がないのだろうか。


 ダメだダメだ。動画をアップロードする前から後ろ向きな思考になっていては……俺も収益化して、経済的にも妹を支えられるようにならなければ。


 一先ず、動画の収録を終えた俺は少し休憩することにした。よく見るとタスクバーにあるメッセージアプリに通知が来ていた。誰からのメッセージだろうか。リアルでの人間関係は殆ど断絶している状態だけど、ネット上ではそこそこ友人がいる。だから、メッセージが来るのは特段珍しいことではないが……


Amber:Hiroさんこんにちは。最近、クリスレの最新作を買いました。良かったら一緒に討伐に出掛けませんか?


 なんと。Amber君からの誘いだ。彼は現役高校生ながら、動画編集の勉強に意欲的でこちらとしてもいい刺激を貰っている。基本的に会話内容と言えば動画編集に対する意見交換が多いのだけれど、彼とは1度ゲームをしてみたいと思ってた。彼は、最近はあまりゲームをやれていないと言っていた。経済的に厳しいと言っていたから、無理強いはできなかったが、ゲームを買えたのならこれからは誘いたい放題だ。


 ただ、気になるのはAmberという名前だ。俺は英語が苦手だから気づかなかったけれど、日本語訳すると琥珀になる。俺にとってはなんとも因縁深い名前だ。


Hiro:いいね。Amber君とはゲームしてみたかったんだ。ちなみにAmber君が使っている武器はなに?


Amber:トンファーです


Hiro:トンファーか。中々渋いチョイスだね。ちなみに俺は弓と竪琴を中心に使っているからな


 トンファーは、攻撃の合間に挟まるキックが強力な武器だ。むしろ、キックの方がダメージ期待値が高いくらいだ。ただ、その反面キックは味方を吹き飛ばしやすいので、マルチでプレイする時は多用しすぎないという暗黙の了解がある。


Amber:それじゃあフレンドコードフレコを送りますね


 Amber君からフレコが送られてきた。俺は早速、ゲーム機を起動して、フレコを入力してフレンドを追加した。そこで俺は衝撃的な名前を目にすることになった。


「ガトー……ガトー!? え、まさか賀藤なのか!?」


 一瞬スルーしかけたけれど、どう見てもこの名前はおかしい。どういうことだ。名前にAmberと名付けている少年が、今度はゲーム機の本体にガトーと言う名前を付けている……?


 頭が混乱してきた。俺は自分自身の目を疑った。一体どういうことなのだろうか。完全に理解が追い付かない。全身の血流が一気に逆流するようなそんな感覚を覚える。それ程までにこの名前は衝撃的だったのだ。


 まさか、俺が今までやりとりしていた相手は、あの賀藤 琥珀なのか? 偶然にしては出来すぎている。もし、ガトーもAmberも本名から取っていたのなら、間違いない。こんな珍しい名前、同姓同名なんて滅多なことがなければありえるわけがない。


 年代も一致しているし、あの絵を描いた少年。それが、Amber君だったのか?


Amber:フレンドの追加ありがとうございます。早速討伐に出掛けますか?


 Amber君がこちらの気も知らないで呑気なメッセージを送ってくる。こちらの事情を察してくれと言うのも無理な話だが、少し頭を整理する時間が欲しい。


 もし、仮にAmber君が……賀藤 琥珀だったとした場合のことを考えてみる。俺は一体彼をどうしたいんだ。問い詰めて特定したところで、彼に迷惑をかけるだけじゃないのか。


 俺が彼を一方的に意識していただけで、彼にとっては俺の存在なんて本当に有象無象の存在にすぎない。ネット上の相手に特定されるなんて怖がらせるだけだ。


 それに俺は賀藤 琥珀とどんな話をすればいいのかすらわからない。どうして、絵画の道を断ち、CGの世界に行ったのか。それを聞いたところで、彼が絵画の道を諦めた事実は変わらない。彼ほどの才能の持ち主が、筆を置いた理由を知れば、俺はまた絶望するだけだ。


 要は彼の正体を特定しようとすれば、俺にとっては不幸なことしか起きない。きっとそうだ。だから、ここはスルーが正解。決して正体を特定しちゃいけないんだ。


Hiro:ごめん。Amber君。討伐に行きたいのはヤマヤマなんだけど、今日はちょっとやめとく


 この気持ちに整理が付かない状態でゲームするのは、一緒にゲームする人に対して失礼だ。いくらゲームとはいえ、やるからには全力で取り組まなければならない。俺はこのモヤモヤをどうにかしようと考えることにした。


Amber:そうですか。わかりました。では、また今度誘いますね。Hiroさんとゲームできる日を楽しみにしています


 Amber君は断られて残念な思いをしたのだろう。だけど、それよりも次の予定を楽しみにしていると言った。凄い前向きな性格だ。そんな性格だからこそ、絵画の道を諦めたとしても、次のCGの道に進むことができたんだ。


 それに比べて俺はどうなんだ。いつまでもネガティブな思考に囚われて。進学もせず、就職もせず。ただ、在宅でできる仕事をして小銭を稼いでなんとか食いつないでいるだけの生活。妹がいなかったら、俺はとっくに野垂れ死んでいたのかもしれない。


 収益になると思って始めたゲーム実況も伸びずに、収益化すらできない状況。唯一救いがあるのは、俺と違って妹のVtuber活動が伸びてくれたことだ。彼女が……カミィが存在してくれているからこそ、俺は生きていけるんだ。


 俺のスマホがブルリと鳴った。スマホを確認すると妹からのメッセージが来ていた。『お兄さん。お弁当を買ってきました』


 俺は妹に『すぐに行く』と返信して、部屋から出た。リビングには妹の姿があった。仕事帰りなのか、少し疲れている様子だ。


「おかえり」


「ただいま。お兄さん」


 俺は黙って席についた。妹が買って来てくれたコンビニ弁当は温かい。店で温めてくれたようだ。


「お兄さんどうしたんですか? 少し浮かない顔をしてますよ」


 妹は俺の顔色を見て、なにやら感づいたようだ。我が妹ながら凄い勘だな。もし、妹と結婚するような男が現れた場合、苦労することだろう。隠し事をしようものならすぐに感づかれてしまう。


「ああ。俺も最近作業を根詰めているからな。疲れているのかもしれない」


 実際そうだ。カミィの新衣装や、新しい背景を描いたりなどをしている。ゲームをやる時間はあるし、別に忙しいという程ではない。ただ、一日中家にいて、椅子に座っているというのも結構疲労が溜まるものだ。とは言ってもそれと俺が浮かない顔をしているのは別問題だろう。恐らく、Amber君のことを考えているのが顔に出てしまっているだけだと思う。


「そうですか。たまには外に出てお散歩をしてみたらどうですか?」


「そうだな……少し外に出てみるか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る