二人の容疑者
◆
主不在のルーナ探偵事務所の夜が明ける。
いつもよりも少し寝つきが悪い。そんな気がした。
「フラン、起きろ」
窓から差し込む朝日と共に声が降り注がれた。
「んん……何?リュクレーヌ」
反射的に主の名前を呼ぶ。
「寝ぼけているのか?私はリュクレーヌじゃないぞ」
だが、声の主は別人──ブラーチのものだった。
そうだ、フランの護衛の為、クレアとブラーチが事務所に泊まり込んでくれた。
ようやく眠気交じりの中、記憶の解像度を上げたフランはがばっと起き上がる。
「ブラーチさん!こんな朝早くからどうしたんですか」
わざわざ起こしに来たという事は、何か、あったのだろうか。とフランは訊いた。
「フラン、電話よ」
すると応接スペースの方からクレアに声をかけられる。
電話?とフランはベッドから抜け出して、応接スペースの方に向かった。
「はい……ルーナ探偵事務所」
電話を取るなり、電話口の向こう側から、叫ぶように焦る男の声がした。
「フランか!?大変なんだ!」
「その声は、オクトさん?どうしたんですか」
電話を掛けたのはオクト、つまりはアマラ軍の人間だった。
だとすれば、要件の見当はついた。
リュクレーヌの事だろう。
「お前のところの探偵が、分裂したんだ!」
主語は合っていた。
「リュクレーヌが、分裂ぅ!?」
ところが、彼の身に起きていた事は、予想外にも程がある事象だった。
「いいから、とにかく来てくれ!」
オクトの言うがままに、フランはブラーチと共にアマラ軍の本部へと向かう。
向かわざるを得なかった。
本部までの道のりはそう遠くなかった。
オクトによって本部の幽閉施設にブラーチとフランは案内される。
牢の中には二人の男が居た。
「ほんとに、リュクレーヌが二人になっている……」
フランが昨日見たはずのリュクレーヌは本当に二人いた。
全く同じ容姿の二人。分裂と言っても過言では無い。
「恐らく、片方が僕を殺した犯人だと、思います」
現存する瓜二つの存在。片方はファントムだろう。
「そう!そうなんだよ!」
「片方がファントムなんだよ!」
リュクレーヌとファントムが身を乗り出してフランに向かって言う。
すると、落ち着け!とオクトが窘めた。
「だが、この通り全く同じ顔で区別がつかない」
「それは、困ったな……」
「お前に依頼したいのは、彼の区別だ」
ルーナ探偵事務所にアマラ軍直々に来た依頼は、主の区別。
どちらかが、フランを殺しかけた真犯人である。
尤も、その真犯人こそが、マスカ騒動の諸悪の根源である黒幕なのだが。
「あ!じゃあクイズを出してみたらどうでしょう!」
「クイズ?」
フランの提案は至ってシンプルなものだった。
フランと本物のリュクレーヌしか知らないはずの記憶を確認する問題を出す、と言ったものだった。
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