二人の容疑者

 

主不在のルーナ探偵事務所の夜が明ける。

いつもよりも少し寝つきが悪い。そんな気がした。


「フラン、起きろ」


窓から差し込む朝日と共に声が降り注がれた。


「んん……何?リュクレーヌ」


反射的に主の名前を呼ぶ。


「寝ぼけているのか?私はリュクレーヌじゃないぞ」


だが、声の主は別人──ブラーチのものだった。

そうだ、フランの護衛の為、クレアとブラーチが事務所に泊まり込んでくれた。


ようやく眠気交じりの中、記憶の解像度を上げたフランはがばっと起き上がる。


「ブラーチさん!こんな朝早くからどうしたんですか」


わざわざ起こしに来たという事は、何か、あったのだろうか。とフランは訊いた。


「フラン、電話よ」


すると応接スペースの方からクレアに声をかけられる。

電話?とフランはベッドから抜け出して、応接スペースの方に向かった。


「はい……ルーナ探偵事務所」


電話を取るなり、電話口の向こう側から、叫ぶように焦る男の声がした。


「フランか!?大変なんだ!」


「その声は、オクトさん?どうしたんですか」


電話を掛けたのはオクト、つまりはアマラ軍の人間だった。

だとすれば、要件の見当はついた。


リュクレーヌの事だろう。


「お前のところの探偵が、分裂したんだ!」


主語は合っていた。


「リュクレーヌが、分裂ぅ!?」


ところが、彼の身に起きていた事は、予想外にも程がある事象だった。


「いいから、とにかく来てくれ!」


オクトの言うがままに、フランはブラーチと共にアマラ軍の本部へと向かう。

向かわざるを得なかった。

 

本部までの道のりはそう遠くなかった。

オクトによって本部の幽閉施設にブラーチとフランは案内される。


牢の中には二人の男が居た。


「ほんとに、リュクレーヌが二人になっている……」


フランが昨日見たはずのリュクレーヌは本当に二人いた。

全く同じ容姿の二人。分裂と言っても過言では無い。


「恐らく、片方が僕を殺した犯人だと、思います」


現存する瓜二つの存在。片方はファントムだろう。


「そう!そうなんだよ!」


「片方がファントムなんだよ!」


リュクレーヌとファントムが身を乗り出してフランに向かって言う。

すると、落ち着け!とオクトが窘めた。


「だが、この通り全く同じ顔で区別がつかない」


「それは、困ったな……」


「お前に依頼したいのは、彼の区別だ」


ルーナ探偵事務所にアマラ軍直々に来た依頼は、主の区別。

どちらかが、フランを殺しかけた真犯人である。


尤も、その真犯人こそが、マスカ騒動の諸悪の根源である黒幕なのだが。


「あ!じゃあクイズを出してみたらどうでしょう!」


「クイズ?」


フランの提案は至ってシンプルなものだった。

フランと本物のリュクレーヌしか知らないはずの記憶を確認する問題を出す、と言ったものだった。

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