迷宮からの脱出

「もしかして!」


マスカに殺されかけた自分を救い、スチームパンク銃を託した男。

彼こそが、今目の前に居る男だと、察した。


「そうだよ。久しぶり」


男はにこりと笑う。


だが、フランは警戒を解かない。

何が目的なのか分からない。


「一体、何の為に」


「君をここから、逃がしたいんだ」


「ここは、どこなの?」


「天国……の一つ手前みたいなものかな」


曰く、フランは生死の境をさまよっているらしい。


「僕、これから死ぬの?」


不安そうに訊く。

ファントムを、リュクレーヌを野放しにしたまま自分が死んだ後の世界はどうなってしまうか。


考えるだけで、恐ろしかった。


「いや、死なないよ。絶対に、死なせない」


だが、男はフランを絶対に救う気だった。

初めて会ったあの時と、変わらない、決意の双眼が向く。


「それは、どういう事……?」


「いいかい、この道は天国に繋がる。絶対に渡っては駄目」


「じゃあ、どうすればいいの?」


道を渡る事は出来ない。

だが自分たちが居るのは崖。


何処にも行先は無いじゃないかとフランは首を傾げた。


「この崖から、飛び降りるんだ」


「飛び降りっ……!?」


崖の下は見えないくらい遥か遠い。

相当な高さがあるだろう。


そんな場所から、飛び降りる?


高所恐怖症のフランは、ひゅっ、と声を裏返して怯えた。


「大丈夫だ。痛みは無いよ。」


「……」


だが、道を渡る以外の方法がないのなら、ここから脱するにはそれしかないのだろう。


現実の世界に戻らなければ。マスカの事も、リュクレーヌの事も、どうする事も出来ない。


だが、どうせ脱出するのなら──


「貴方は、一緒に行けないの?」


「僕は、ここから出られない」


「どうして!」


食い下がったが、断られた。


「この迷宮からは、出られないから」


男は小さな声で零す様に言う。


「迷宮……?」


聞き返そうとするが、顔を逸らされ男は話をはぐらかした。


「さあ、急ぐんだ。僕以外の人間は、ここに長居は出来ない。早くここから飛び降りて」


「う、うん……」


足がすくむ。だが──


「っ……!」


飛び降りるしかない。


遠ざかる男の顔はとても穏やかだった。

が、彼の口が開くのを見逃さなかった。


「兄さんを……頼んだよ。フラン」


「えっ……」


──兄さんって?


訊く間もなく、崖はみるみる遠ざかった。

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