幼い患者

院長室を出て、階段を下り、永遠に続きそうな長い廊下へと出た。


暫く、まっすぐと歩く。


一番奥の一人部屋へ差し掛かる辺りで、スコッチは足を止めた。


「こちらです」

部屋のドアにはネームプレートがあった。

この部屋の患者、つまり、マスカかもしれない患者の名前が記されている。


「マリー・ロードデン……女性かな?」


「みたいだな」


フランの考察にリュクレーヌも同調した。

三人は病室へと足を踏み入れる。


室内には、ベッドに横たわる患者と、彼女の世話をしていた看護師らしき女性が居た。


「あら、院長」


看護師は、スコッチを見るなり、声をかけた。

すると、すぐに患者の方に微笑んだ。


「マリーちゃん。院長先生が来たわよ」


「先生!」


マリーと呼ばれた患者はベッドから元気よく起き上がる。

スコッチが来て相当嬉しいのだろうか。子供のようにはしゃいでいた。


いや、子供のようにと言うよりは──


「子供……?」


リュクレーヌは声を漏らす。

マスカの疑いがあるマリーの正体は、小さな女の子だった。


確かに、害虫駆除の一件のように子供がマスカになる事もあり得ない話ではない。


「やぁ、元気にしていたかい?」


「うん!マリー、とっても元気だよ!」


だが、満面の笑みで純粋に答える少女が、マスカだと、にわかに信じられなかった。


リュクレーヌが顎に手を当て、悩まし気に思考を巡らせていると、看護師から、じとっとした視線を感じた。

一体彼らは何者なのだろう?と言う意味を含んだ疑いの眼差しは、次に言葉へと変換される。


「先生、こちらの二人は……?」


「あぁ、名探偵のリュクレーヌさんと、その助手のフランくんだ」


スコッチに紹介されて、二人は頭を下げる。


しかしながら、病院に探偵なんて何故来るのだろうか?と看護師は懐疑の念を抱いた。


「はぁ……探偵……」


「あぁ、スコッチ先生の友達の友達なんです。えぇと……貴方は」


自分と病院との関係性をなんとか説明する。

だが、相手の名前が分からない。

リュクレーヌは看護師に名前を尋ねた。


「看護師のアメリアと言います。宜しくお願い致します」


人見知りなのだろうか。

まだ少しだけ疑惑を孕んだ様子でアメリアは軽く会釈をする。


「こちらこそ」


「あの……どうして探偵なんて」


アメリアが訪問の理由を訊こうとした時だった。

病室のドアがバンと音を立てて勢いよく開く。


「マリー!」


甲高い女性の叫び声と共に。

後ろには、付き添いだろうか。気の弱そうな男性がいた。


「ママ!」


「いい子にしてた?ママ、心配していたのよ!」


入室した女性はマリーにぎゅっと抱き着き、彼女の頭を撫でた。


まるで、ドラマにおける感動の再会シーンのように。


「ロ、ロードデンさん!困ります……マリーちゃんは安静にしてないと」


「何よ、少しくらいいいじゃない!」


アメリアが慌てて二人を引き離そうとすると、女性はアメリアの方をきっ、と睨んで威嚇する。


二人を窘める様にスコッチは間に入った。

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