約束の置手紙

 

何で怒鳴ってしまったのだろう。

何であんな事を言ってしまったのだろう。

何で雇い主に噛みつくような事をしてしまったのだろう。


フランの頭の中で後悔と罪悪感が渦巻く。

ろくに眠れず目が覚めても、寝室から、いや、布団から出られない。


どんな顔をしてリュクレーヌに会えば良いのだろう。とても気まずい。


しかし、考えても時間だけが過ぎていく。

現に考え込んでから一時間が経とうとしている。

いい加減に寝室から出なければ、火に油を注ぐのでは?観念したフランは布団から起き上がり、ドアノブに手をかけ、部屋を出た。


「おはよう……その、昨日は……」


俯いて、おずおずとした様子で話しかける。

顔を上げて「ごめん!」と、謝ろうとした時だった。


「って、あれ?」


定位置のデスクにリュクレーヌが居ない。

いつもなら、ここで読み物をしているのに。


「リュクレーヌ?おーい」


応接スペースの方も確認する。しかし、そこにもリュクレーヌの姿はなかった。


「居ない……?」


どこへ行ったのだろう。

まだ夜明け前だ。

店もやっていないこの時間に街に出ても意味がないだろう。

それに、朝食も取らずどこかへ外出するなど考えにくい。依頼、それはない。絶対に。


「……まさか!」


一つだけ思い当たる要件がある。


依頼──自分たちが用意した囮捜査用の依頼書。あれは、真犯人の元に渡っている筈だ。


だとすれば、依頼としてリュクレーヌが駆除されているかもしれない。

フランの顔がどんどん青ざめる。


こうしちゃいられない。フランは昨日の喧嘩の事など忘れてリュクレーヌを探しにいく支度をした。


けど、どこへ?リュクレーヌがどこへ行ったのか、そんな物、全く心当たりがなかった。


と、不意に自分のハンチング帽の中に紙切れが入っていることに気づいた。


「約束の、場所で待ってる……?」


紙切れにはただ、それだけが記されていた。


約束の場所。


たった、それだけでフランにはリュクレーヌの行方が分かってしまった。

となれば、向かうまで。


フランは事務所を出て、約束の花畑へと向かった。

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