#814

――通信を切ったローズの後ろには、エレクトロハーモニー社の女社長であり、ハザードクラス――死の商人デスマーチャントの二つ名を持つフォクシーレディがいた。


ソファーに寄りかかっているフォクシーレディは、秘書であるシヴィルを抱き、ローズに笑いかける。


「いいのかい? もう後に引けなくなるよ」


ローズが振り返ると、フォクシーレディは抱いていたシヴィルをソファーにそっと降ろす。


どうやら秘書の幼女は、泣き疲れて彼女の腕の中で眠っていたようだ。


「お前こそいいのか? 私を支援しようが、もう何の見返りもないぞ」


訊ね返されたフォクシーレディはソファーから立ち上がると、ローズへと近づいていく。


「あたしってさぁ。こう見えても結構義理堅いんだよ。それにねぇ……」


そして笑顔のまま、ひたいに、いや、顔全体に青筋を立てる。


顔全体に静脈じょうみゃくが浮き出て、それでも口角が上がっているというなんとも違和感のあるものへと変わる。


「うちの大事な秘書……トライアングルとサードヴァ―二人を殺したベクターってジジイと、会社の評判を落としたジャズ·スクワイアにはキッチリ落とし前をつけないといけないからねぇ」


「……利益優先の商売人しては、ずいぶんと感情的な理由だな」


呆れるローズに、フォクシーレディは言葉を返す。


「まあ、相手が誰だろうとどんだけ数がいようと、あたしとあんたがいりゃ負けっこないだろ?」


「大した自信だな。あっちにはあいつが……アン·テネシーグレッチがいるというのに……」


「今まで畑仕事してたようなヤツなんて目じゃないって。あんたもあたしも、ずっと命懸けで今日まで生きて来たんだよ。いくらヴィンテージの筆頭だっていっても、七、八年もあれば人がびるのには十分だ」


「そうだな……。その通りだ」


ローズはそう答えると、その場から去ろうとを進めた。


フォクシーレディは、そんな彼女の背中に声をかける。


「ちょっと? どこへ行くのよ?」


「少し、部屋で休ませてくれ……。戦いにそなえたいんだ」


「オッケー。じゃあ、なんかあったら連絡するね」


ローズは陸上戦艦内の廊下を進んでいき、言った通りに自室へと戻った。


部屋の中は片付けられたのか、家具はベットしか置いていない。


だが、部屋の一番目立つところには、両足で立っている黒い毛をした仔羊の人形と、大人の背丈ほどはあるヘッドの欠けたハンマーが見えた。


ローズは、まるで我が子を抱く母親のような表情で、その人形とハンマーに寄り添う。


「クロム、ルー……大丈夫だ……。私がいなくなっても……ジェーシーが必ずまた私たちを会わせてくれる……」


そして、彼女はそう人形とハンマーにつぶやくのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る