#809

簡易ベットに腰を下ろしていたウェディングは、立ち上がると軍幕の出入り口に視線を動かす。


そして、再びうつむいてしまう。


「ウェディングッ! 生きていてくれたんだねッ!」


入って来た人物は凄まじい形相で駆けてくると、そのままガバッと両手を伸ばしてウェディングの身体を包むように抱きしめた。


「ジャズ……姉さん……?」


「何もかも聞いてるよッ! ローズ将軍を相手にしながらも、みんなを助け出したんでしょッ!」


入って来た人物――ジャズはまるで子どもが泣き喚くように、涙を流し声を張り上げていた。


そして、力の加減できないのだろう。


ウェディングの身体を抱くその両手にも、痛いほどギュッと力が込められている。


「ダメだよッ! 止まんないよッ!」


ウェディングを抱きながら、涙を流してジャズは言葉を続ける。


「“心を乱すな”なんて無理だよサーベイランスッ! だってウェディングだよッ! ミックスやクリーンやあたしが大好きなウェディングが生きて戻って来たんだよッ!」


その、ジャズのあまりの狼狽うろたえぶりにウェディングは言葉を失った。


ウェディングは、自分がジャズに会ったことで、ここまで彼女が感情的になるなんて予想もしていなかった。


いや、むしろ冷たい言葉を吐かれ、今度こそえんを切られるとさえ考えていた。


彼女は、ジャズに泣くほど歓迎されるとは思ってもみなかったのだ。


「ね、姉さんは……世界を……ど、どうしたいので……?」


自分でもよくわからない。


何故泣いて喜んでくれるジャズにこんなことを訊ねたのか、自分でも理解できない。


訊ねられたジャズは「へッ?」と我に返ると、動揺しているウェディングの顔を見つめる。


そして、涙でグチャグチャになったその顔は、次第に笑みを浮かべ始めた。


「ああ、世界、世界ね」


それからジャズは、ウェディングを抱いていた両手を彼女の両肩へポンッと置く。


「ブロード叔父さんから始まって、ブライダル、サーベイランス……それにこれまで出会ったみんなが願う世界ってのが、あたしなんかにも少しばかり見えてきたの」


ジャズはウェディングにさらに微笑む。


「それは、あいつの……ミックスがあたしに教えてくれたことだった……。ううん、あいつだけじゃない。みんなが寄ってたかってぶち込んだ想いがあたしの中にある。だから大丈夫だよウェディングッ! あたしたちの世界は、いつもあいつが望んでいたハッピーエンドに絶対になるんだからッ!」


ジャズの言葉を聞いたウェディングは、その場に両膝からくずれてしまっていた。


そして、ジャズもまた自分と同じく憧れの人――ミックスがやったであろうことを実践していたのだと、改めて知った。


自分とジャズは何が違っていたのだろう。


いや、彼女はそれこそミックスがいつもの望んでいた――。


誰もが笑顔になって終われるハッピーエンドを目指していたのだ。


つまらぬこだわりや恨み捨て、ジャズがそのためだけにこれまで戦ってきたことを、ウェディングはようやく理解した。


「姉さんは……姉さんはやっぱりカッコいいです……。私がその姿を見たときから……なにも変わってない……」


そして、ウェディング両目から涙を流す。


それは、仲間の死や自身の情けなさだけで流れたものではない。


彼女は自分の求めていたものが、ジャズと共にあったことを知ったという歓喜の涙だった。


「そういえばあんた……初めて会ったときもそんなこと言ってたよね……」


ジャズは、そんなウェディングを再び包むように抱き締め、ただ黙って一緒に泣くのであった。

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