#582

その呟きの後に、酒場内を見回していた柄の悪い男女の集団が何かに気がつき、ジャズたちがいる席へと近づいてくる。


そのときの彼らは、明らかに苛立っているような――相手を威圧するような歩き方をしている。


それを見て、先ほどのブライダルの言動からか、ジャズがいぶかしげな視線を彼女へ送った。


「あんた……あの人たちとなんかあったの?」


「さて、どうだったかな~。チキンと同じくらいの記憶力しかないブライダルは、コケッコケッと鳴いてたら忘れちゃいました~」


ジャズに問われたブライダルは唇を尖らせると、彼女の視線から目を逸らして口笛を吹き始めた。


心なしか、少し鶏を真似ているようにも見える。


そんなブライダルの態度を見たジャズは、「ああ、これは絶対に何かあったな」と口元を歪める。


横にいたニコもブライダルの態度を見て彼女と同じ顔になっていた。


それから当然、柄が悪い男女の集団はジャズたちのテーブルの前に足を止める。


人数は六人で男が四人と女が二人。


全員、肌の張りやしわの深さを見る限り、三十代から四十代くらいの中年だろう。


男二人のほうは、席に座っているブライダルを思いっきり睨みつけている。


「ようブライダル。まだこの町にいたのかよ?」


そして、威圧するように声をかけてきた。


ブライダルはそんな彼らを見てニッコリと微笑むと、何も言い返すことなくコクッと頷いていた。


ジャズが揉め事が起きる前に止めなければと思い、男女集団へ声をかけようと席から立ち上がろうとしたとき。


集団の一人――中年の女性が男二人に向かって口を開いた。


「ダメだよあんたたち。サーベイランスに言われてんでしょ」


その一言で、男二人は苛立ちながらもテーブルから離れていく。


だが、ジャズはその中年の女性の口から出た言葉に反応。


席から立ち上がって集団に声をかける。


「すみません! 今サーベイランスって言いましたよねッ!?」


サーベイランスとは――。


サーベイランス·ゴートと呼ばれる以前にバイオニクス共和国の上層部であるグレイ·ファミリーが造り出した人工知能であり、この世界を――人類すべてを管理しようとした機械人形である。


ミックスら仲間たちと協力してその野望を阻止し、同じく共和国で造られたアンドロイドの幼女サービスが最終的に二度と戦闘ができないようにしたとジャズは聞いていた。


だが今その名を聞いたことで、もしかしたらサーベイランス·ゴートが復活したのかとジャズは自分の耳を疑って訊ねたのだ。


柄が悪い男女集団は、ヒソヒソとジャズには聞こえないように耳打ちを始めると、ジャズたちについて来るように言った。


「サーベイランスを知ってるんだな。ちょうどういい。もし自分の名に反応するヤツがいたら連れて来るように言われてんだ」


それからジャズたちは、男女集団の後に続いてこの宿の三階へと向かった。

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