番外編 使命の代償

地割れに飲み込まれたイードは落ちた底からよじ登り、地上の光景を眺めていた。


メイカの攻撃で空いた胴体へ自身の掌を翳し、生命エネルギーであるオーラで治療しながら。


先ほどの戦いでかなり消耗していた今のイードでは、完全に回復させることはできず、傷が塞がってもまだ呼吸することさえ苦しそうにしている。


「後は……時間がすべてを終わらせてくれる……」


豪雨で溜まった水が洪水となり、棚田たなだの緑を飲み込んでいく。


その間にも大地は激しく揺れ続け、雷光が夜空に輝き続けていた。


イードの行おうとしていた儀式とは、この世界にあるすべての神具――つまりは精霊や神といわれているすべての力を暴走させるものだった。


そのために必要だったものはいくつかの神具と、それらから加護を与えられた奇跡人スーパーナチュラルの血である。


イードが手に入れていたのは、陶器オオヅキと聖剣ズルフィカール二つの神具――。


そして、クリーン·ベルサウンド、プロコラット、シン·レイヴェンスクロフトの三人。


だが本来なら儀式には、最低五つの神具と奇跡人スーパーナチュラル五人が必要だった。


結果としては不完全なものとなったが、この怒り狂うかのような自然の驚異を見れば、イードの目的はほぼ達成されたといってもいいだろう。


まるで彼がずっと説いてきたこと――。


これまでの人類の罪を洗い流すかのように、空や大地の力が世界を覆い尽くしている。


《あなた……》


そんな光景を眺めていたイードの頭の中で声が聞こえてきた。


イードは次第に収まっていく地震――そして雨に打たれながら、その声に耳を傾ける。


《すべてが終わったのですね……》


「あぁ……私は使命を果たした……。ロイヤ……我が妻よ……。これでこの地球ほしは救われたのだ……」


どこからか聞こえる女性の声は、イードの亡くなった妻――ロイヤ·レイヴェンスクロフトだった。


亡き妻の声を聞いたイードは、満身創痍ながらも満足そうに微笑む。


しかし、聞こえてくる妻ロイヤの声はどこか寂寞せきばく哀愁あいしゅうを感じさせた。


穏やかながらも酷く悲しみを含んだ声だ。


《あなたは……それで何を得て何を失ったのですか?》


まるで眠る前の我が子に語り掛けるように、優しく訊ねるロイヤ。


イードは両目を瞑ったまま顔を上げると、ゆっくりと口を開く。


「得たものは何もない……。私は……すべてを捧げたのだ……」


《……あなた……愛しいあなた……。私……ただあなたに……》


そこでロイヤの声が途切れると、イードの両腕が禍々しく輝き始めた。


「うぐッ!? うがぁぁわぁぁぁッ!!!」


痛みに耐えられないのか、イードはその場に倒れ、激しくその身を揺らす。


しばらくの間、黒い光を発し続けたその両腕は、やがてちりとなって大地へと消えていった。


それは儀式によって神具が暴走したことの影響だった。


これまでに神具の力を使った者――関わったことのある者は、その与えられた加護や啓示の代償として、身体の一部を捧げなくてはならない。


二つの神具を使用していたイードは、その影響で両腕をこの地球ほしに持っていかれたのだ。


生まれ故郷を滅ぼし、師を殺害し、息子を自殺に追い込み、さらにはこれまで長い年月をかけて鍛え上げてきたオーラをコントロールする技術さえも失った。


先ほど本人が言っていたように、イード·レイヴェンスクロフトはこの地球ほしへすべてを捧げたのである。


このまま世界は終わる。


そして、当然彼も死ぬだろう。


だが両腕の痛みから解放され、顔を上げ、大災害が収まった光景を見たイードは笑みを浮かべていた。


そこには、大事を成し遂げた一人の男の顔があった。


「……行くか」


そして、身体を起こしたイードは、大災害で荒れ果てた大地をゆっくりと歩き始めるのだった。

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