番外編 薔薇の親衛隊
アフタークロエ後――戦争から数年経ったストリング帝国では、戦争前に亡くなった先代レコーディー·ストリング皇帝の息子と娘二人が国を治めるはずだった。
だが、皇子と皇女はマシーナリーウイルスの影響で機械化。
すでに自分の意思では動けないほど機械化が進行してしまっていた。
アンビエンス皇子とイーキュー皇女では公務をこなすことはできず、その多くは帝国の政治家に支えられたローズ·テネシーグレッチが行っていた。
彼女と同じ将軍という立場であったノピア·ラッシクもいたが。
帝国の政治家たちはローズ将軍を後押した。
それはアフタークロエで生き残った将官の中で、唯一彼女だけがバイオニクス共和国とまだ戦おうとしていたからだった。
だが、ローズを指示しているのは老人ばかりで、軍人で階級の高い者でも戦場に出ないような者ばかり。
反対にノピアを支持する人間は階級は低いが戦場の経験が豊富な者が多く、現在のストリング帝国はローズ·テネシーグレッチを支持する古株の強硬派と、ノピア·ラッシクに従う慎重派に分かれている状態だった。
「つまり、貴行らの懸念は現在の組織編制の立て直しができていないということだな」
ローズの前に集まっていた政治家たちは、彼女に意見を伝えていた。
敗戦後、ストリング帝国内部では大戦経験者や熟練の兵士の多くを損失。
まさに歯の抜けた
現在のストリング帝国軍は、熟練兵士の穴埋めを民間から志願した素人に頼っている状態だ。
これからバイオニクス共和国とことを構えようとしているというのに。
そんな体制で勝ち目はあるのかと彼らは言うのだ。
慎重派であるノピア·ラッシクを当てにはできない。
ストリング帝国を再び軍事国家へと戻すのはローズ将軍だけだと、政治家たちは進言する。
「承知した。忠告、深く感謝する。今後は貴行らにそのような懸念を持たれないように精進すると誓おう」
ローズはそう言うと、自室へと戻っていった。
彼女の自室では二人の人物が待っていた。
一人はスピリッツ·スタインバーグ少佐。
年齢は五十九歳。
白髪頭でまるで藁のように細い身体をしているが、数々の激戦を潜り抜け、一兵卒からのし上がった人物。
一兵卒だった自分を佐官まで出世させてくれたローズに深い忠誠を誓っている。
先代レコーディー·ストリングを知る、現在では数少ない老兵だ。
「ローズ将軍、お待ちしておりました」
「うむ。スピリッツ少佐、ドクタージェーシー、二人共待たせたな」
もう一人はドクタージェーシーと呼ばれた白衣の女性。
マシーナリーウイルスの研究所――ローランド研究所を管理しているジェーシー·ローランドだ。
二人はローズに深々と頭を下げると、スピリッツのほうが持っていた電子端末をローズに差し出す。
「スピリッツ少佐、よく調べてくれた」
「なんの、この程度のこと、ローズ将軍に頼まれればすぐにでも用意致します」
電子端末を受け取ったローズは、ソファーに腰を掛けると、二人にも座るように促した。
そして、彼女はスピリッツから渡された電子端末に入ったファイルを見始める。
ファイルの内容は志願兵の名簿だった。
ジェーシーのアイデアにより、ローズは帝国内に新たな隊を結成しようとしていた。
そして、今そのメンバーの選定をしようとしている。
すでに、スピリッツとジェーシーによりふるいにかけられた者たちが今ローズが見ているファイルには載せられていた。
「ヘルキャット·シェクターとアリア·ブリッツ……。たしかこの二人はブロード大佐の推挙だそうだが。ジェーシーと同じスクールの後輩か」
「はい、ローズ様。これといって突出したものはありませんが。実力的には問題ないと思います」
「だが、能力的に決め手に欠けるな」
迷うローズにスピリッツが言う。
「忠義には厚い二人です。若いながらも、帝国のためならば命も捨てる覚悟を持っています」
「少佐がそこまで言うなら……。では、ブロード大佐の補佐をさせよう。次は……」
電子端末をめくるローズ。
次に見たのは、ジェーシーが推挙する者たちが映っていた。
コーダ·スペクター、アバロン·ゼマティス、ネア·カノウプスの三人だ。
「ジェーシー。この者たちはお前が選んだようだが。それは、マシーナリーウイルスの適合率が高いということか?」
「はい、テストでの数値では適合者の適性ありだと思われますが……」
「思われますが、なんだ?」
「最終判断はローズ様にして頂きたく」
「良いだろう」
すると、ローズは座ったばかりのソファーから立ち上がった。
そして、電子端末をテーブルに置き、スピリッツとジェーシーにすぐに準備に取り掛かるように言う。
「帝国の人材不足はいかんともしがたい状況である。少しでも能力の高い者を投入したい。今すぐ私自らテストを行う。コーダ·スペクター、アバロン·ゼマティス、ネア·カノウプスの三人を呼び出せ」
「はッ! 承知しました」
「すぐに準備致します」
それから二人はローズの自室から出ていった。
一人残されたローズは、飾られている人形に目をやり、そっと手を伸ばす。
その人形は豊かな黒い毛に覆われた仔羊だ。
まるで人間の子どものように両足で立ち、その側にはヘッド部分が砕けている大人の背丈をも超えるハンマーがあり、黒い仔羊はそれに寄り掛かるように飾られている。
「クロム、ルー……。この広く冷たい帝国で、私が信用できるのはあの二人しかいないよ……」
ローズは黒い仔羊とハンマーにそう声をかけると、自室を後にした。
その後、コーダ·スペクター、アバロン·ゼマティス、ネア·カノウプス三人のテストが行われた。テストの内容は、ローズ自身が三人と同時に手合わせするというものだ。
当然三人がかりでも新米兵士である彼らに勝ち目はなく、試合はローズの圧勝に終わる。
「さすがはローズ様。我らなどが束になっても無意味だ」
アバロン·ゼマティス――。
「いくらなんでも強すぎんだろ!? これがヴィンテージってヤツの力なのかよッ!?」
コーダ·スペクター――。
「くぅぅぅシビれちゃいます~ッ! ローズ様ったらステキすぎ~ッ! アタシ……アタシ……もうイッちゃいそうですぅッ!」
ネア·カノウプス――と、それぞれ試合後に感想を漏らしていた。スピリッツはそんな三人を見て怪訝な顔をしていたが、ジェーシーのほうは嬉しそうに笑っている。
「問題はあるが三人とも合格だ。これよりお前たちを私の親衛隊とする」
ローズの言葉に、三人は背筋を伸ばして敬礼。
こうしてコーダ·スペクター、アバロン·ゼマティス、ネア·カノウプス三人は、ローズ直属の部隊としてスピリッツ、ジェーシーと共に強硬派の一員となった。
それから三人には尉官――少尉の地位が与えられ、将校用の軍服に着替えると一緒に食事を取ることに。
「なあ、お前ら。ジャズ·スクワイアは知ってるよな?」
ハンバーガーを一口食べると、コーダがアバロンとネアに訊ねる。
「知っているが、それがどうした?」
アバロンが訊ね返すと、コーダは不機嫌そうに返事をした。
いい気になっている偉そうな女をどう思うか訊いているのだと。
ちなみにこの三人はジャズと同じスクールで同期の桜。
スクール時代のジャズは成績も実技も優秀であり、当時の彼女に誰も敵わなかったのもあって、かつて世界を救ったヴィンテージの筆頭であるアン·テネシーグレッチの再来と呼ばれていた。
コーダはそんなジャズのことが気に入らないようで、二人に彼女のことをどう思っているかを訊ねたようだ。
「そんなの決まってるでしょ」
「決まってるだと? じゃあ言ってみろ。お前はあいつをどう思ってんだよ?」
コーダがネアにそう言うと、彼女は当然席から立ち上がり、その大きな胸をドンッと前に突き出す。
「スターよ!」
どうやらネアはジャズに好意を持っているようだ。
それから訊いてもいないのに、ジャズがいかに素晴らしいかを語り出す始末。
コーダはそんな彼女を無視してアバロンに訊く。
「お前はどうだ?」
「ふん、くだらん。他人の悪口を言うなど、崇高なストリング帝国の騎士にあってはならない」
「なにが騎士だ。たかが少尉になったくらいでナイト気取りかよ。お前のほうがよっぽどくだらねぇ」
「口を慎めコーダ! 我々はローズ様の親衛隊に選ばれたのだぞッ! これからは騎士道を学び、礼儀と品格を持ってローズ様にお仕えするのだ!」
「あん? ローズ様の命令なら当然聞くが、なんでお前の趣味に付き合わなきゃなんねぇんだよ」
「貴様……私の騎士道を
「なんだよやんのか? いいぜ、そのケンカ買ってやるよ!」
コーダとアバロンは立ち上がると、互いに激しく睨み合う。
このまま殴り合いが始まるかと思われたが――。
「良いじゃない良いじゃない~! そして、激しい喧嘩の後は凄まじくやらしい感じで盛り上がれば良いじゃないッ!」
ネアがウットリした表情で二人にそう言った。
恍惚の笑みを浮かべ、その場でモジモジとその肉付きのいい身体を震わせている。
そのせいか、二人は喧嘩をする気がなくなり、怪訝な顔でネアのほうを見ていた。
「キモすぎんだろ、お前……」
「ネア、お前はこいつ以上に品性が足りんぞ。それから先ほどローズ様を見ていた
「ちょっと二人とも酷くないッ!?」
そして、コーダ、アバロンの蔑むよう態度に、ネアは声を荒げるのだった。
「薔薇の親衛隊。メンバーは彼らでよろしいのですか?」
自室に戻ったローズに、共に部屋に入っていたジェーシーが訊ねた。
ローズは険しい顔をしながら、三人には適合者の適性があると答える。
「マシーナリーウイルスは感情の高ぶりに反応する。この帝国の現状で、あれほど覇気を持つ若者はあの三人くらいだろう。それにな、私は人を見る目だけはあると自負している」
彼女が続けてそう言うと、ジェーシーは丁寧に頭を下げた。
そして顔を上げ、窓から外を眺めるローズの背中を見つめる。
しばらく沈黙が続くと、ふとローズが口を開いた。
「私の大事なものは世界のために死んだ……。お前はそうならないよな、ジェーシー……」
「私の命はローズ様のためにあります。世界のためではなく、私のすべてはローズ様のために」
「その言葉、嬉しく思う……」
そう呟くように答えたローズは、ジェーシーのほうを振り返ると、彼女の身体に触れる。
「私にはお前のような支えがいる。これからも頼むぞ」
「勿体なきお言葉……」
それから、ジェーシーはローズの這う手を受け入れるのだった。
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