番外編 英雄二人の再開

永遠なる破滅エターナル ルーインからの離脱者たちを連れてストリング帝国に戻ったノピア·ラッシク将軍は、休む暇もなくバイオニクス共和国へと向かっていた。


それは、共和国に新たに就任した生物血清バイオロジカルのベクターからの要請を受けてのものだった。


ストリング帝国の航空機であるトレモロビグスビー内では、何の相談なく共和国へ向かった彼に、スピー·エドワーズ大尉が液晶からがなり立てている。


《ノピア将軍ッ! 勝手に行動されては困りますッ! パシフィカ軍曹の話ではイード·レイヴェンスクロフトが自ら動いて時の領地タイム·テリトリーを滅ぼしたと報告が入ってきているんですよ!》


それからスピーはさらに声を荒げ、永遠なる破滅エターナル ルーインの最高指導者イードの息子――シン·レイヴェンスクロフトが、ジャズ·スクワイア中尉たちの活躍により捕らえられたことを伝えた。


息子が捕まったと知ったら、イードが信者たちを――大軍を率いて帝国へ攻めてくるかもしれない。


そんな状況で、勝手に国を留守にしたノピアに対し、スピーは今すぐ戻って来るように喚いていた。


「スピー、やはりお前は喚いているときが最高だ。その意見はすべて正しい」


《またそうやって誤魔化そうとしないでください! それに永遠なる破滅エターナル ルーインだけじゃない。将軍がいなくなった状態が続くとローズ将軍が何をするかわかりませんよ!》


「ローズ将軍なら大丈夫だ。そういえば、ジャズ中尉といたミックスという少年はどうした?」


《今は城内でクリーン·ベルサウンドと会えるようにしているところです。そんなことよりも早く戻ってきてください!》


喚き続けるスピーに、航空機内にいた他の帝国兵士もつい笑ってしまっていた。


ノピアはそんな兵らを見て笑みを浮かべると、スピーに返事をする。


「ベクター指揮官は今回の能力者登録法についての会議に、帝国から将軍をお望みだ。ローズ将軍では余計な揉め事が増えそうだろう。ここは私が行ったほうが丸く収まる」


《そこは将官クラスの者を代理にすればいいじゃないですか! わざわざノピア将軍が行くことはありません!》


「おっと、悪いなスピー。ここからは電波が切れる」


《将軍ッ!》


通信が切れると、同じ航空機内にいたお団子頭の少女――パシフィカがノピアへ声をかける。


「いいんですか? たぶん、帰ってからまたとんでもなくうるさくしますよ、スピー大尉」


「ああ、いいんだよそれは。私は彼に怒鳴られているくらいが丁度いい。それよりも捜してもらっていた人間が見つかったと電子メールで読んだが」


ノピアは、パシフィカに世界中を調べさせる任務のついでに、ある人物を極秘で捜させていた。


その人物の名は――。


「はい、アン·テネシーグレッチの所在は確かに見つけました」


ノピアと同じく、かつて暴走したコンピューターから世界を救った英雄――ヴィンテージの筆頭である人物アン·テネシーグレッチだった。


慇懃いんぎんに答えたパシフィカ。


ノピアはそんな彼女の活躍をねぎらう。


「相変わらず素晴らしい仕事ぶりだ。いい加減にお前の階級を上げてやらねばいかんな」


「えぇ~いいですよ。だって出世したら現場から離れなきゃいけないし。何よりも本国でスピー大尉のぼやきを、毎日聞きたくありませんから」


「パシフィカ軍曹はスピーが嫌いか?」


「嫌いではないです。人間的には好感を持てるし、将軍に対する過剰なまでの忠誠も尊敬できますが。ただ、わたくしはうるさいのが嫌いなんです」


「そうか。では、私以外にはあまりうるさくを言わないように注意しておこう」


それからトレモロビグスビーはバイオニクス共和国へ向かう前に、ある森の地下へと着陸した。


ノピアはパシフィカのみを連れ、彼女の案内で森の奥へと進んでいく。


七年前の戦争――アフタークロエ以前に起きた人型の化け物である合成種キメラの出現により、多くの文明や自然は破壊されたが、この地域にはまだ美しい光景が残っている。


「静かなところだな。実にあいつが好みそうな場所だ」


「あ、あそこです。目の前に見える小屋に」


森を抜けると、そこには小さな丸太小屋と綺麗に耕された畑が見えた。


さらに、丸太小屋の周りには、まだ幼い少年や少女たちがノピアたちのことを珍しそうに眺めている。


「子供……だと?」


「説明が遅れましたけど。アン·テネシーグレッチは行き場を失った子供たちを集めて、母親の真似事をしているようです」


「ふん。そういう利他的なところも変わっていなさそうだ」


ノピアはそう言うと、ズレてもいないスカーフへ手をやった。


パシフィカはいつも温和なノピアが苛立っているのを珍しがっていると、彼は丸太小屋へと歩を進め、中へ入ろうとする。


「ちょっと待ってください! いきなりなんなんですかあなたはッ!?」


そのとき、赤いジャケットを着た少年がノピアの目の前に現れた。


赤いジャケットの少年は、丸太小屋の周りにいる子供たちの中でも年長者なのだろう。


声を荒げつつも、礼儀正しい態度でノピアを止める。


「君はこの家の者か? 急ですまないが、アン·テネシーグレッチを出してほしい。ストリング帝国のノピア·ラッシクが来たと言えば出てくるはずだ」


ノピアは先ほどまでの態度とは一変。


普段の温和な彼に戻り、赤いジャケットの少年に願い出る。


「ノピア·ラッシク……。昔にアン姉ちゃんたちと一緒に戦った人ですね」


「私を知っているのかい? こんなところでは世の中の情報も入って来そうにないが」


赤いジャケットの少年は丁寧に頭を下げると、ノピアに向かって口を開く。


「オレは、ブレシング、ブレシング·ダルオレンジといいます。あなたたちのことはアン姉ちゃんから聞きました」


「なに、ダルオレンジだと? その赤いジャケット……見覚えがある……。そうだ、マナ……マナ·ダルオレンジが着ていたものと同じデザインだ」


ノピアが少年の名を聞いて驚いていると、丸太小屋の中から女性の声が聞こえてきた。


「ブレシング、そいつを通してやってくれ」


その声を聞いたブレシングは、丸太小屋のドアからその身を下げた。


彼と同じく女性の声を聞いたノピアは、またもズレてもいないスカーフの位置を直していた。


そして、その眉間みけんしわを寄せ、丸太小屋のドアノブに手を伸ばす。


丸太小屋の中には女性が一人でいた。


ナチュラルブラウンのボブスタイルの髪色をした無愛想な女性だ。


どうやらこれからの夕食の準備なのだろう。


おそらく畑で取れた野菜を台所で洗っている。


ノピアはドアを閉めると、女性の前にズカズカと足音を立てて歩いて行き、その険しい顔のまま声をかける。


「やっと見つけたぞ。かったるい話は抜きだ。さっさとここを出ろ。そして武器を持って戦え」


その無礼な振る舞いに、女性はノピアを睨みつけた。


だが、ノピアは自分の態度を改めるつもりはなく、フンっと鼻を鳴らし返す。


女性は野菜を洗っていた手を止め、台所から出てノピアの前へと立った。


「七年ぶりに会っていきなり戦えか……。昔からそうだったな……。お前は、いつも私に戦えと言う」


「その通りだ。さあ、さっさと支度しろ。話は移動中でする」


「私はもう戦わない……。誰かが傷つけるのはもうたくさんだ。もう……一生分戦った……」


「それがアン·テネシーグレッチのいうことかッ!」


ノピアが声を張り上げると、女性は――アンは彼から目を逸らした。


そして、両手で顔を覆い始める。


「戦っていると、大事な人がドンドン死んでいくんだ……」


「そうだな……。マナ·ダルオレンジ、ラスグリーン·ダルオレンジ、キャス·デューバーグ、シックス、クロム·グラッドスト―ン、ルドベキア·ヴェイス、クリア·ベルサウンド、ルーザー、そしてお前の育ての親シープ·グレイ·……。私たちと共に世界を救った仲間は皆死んだ」


俯くアンにノピアは悲しそうに言葉を続ける。


そのときの彼の態度は、亡き仲間への敬意の表れだった。


「怖いのか? 皆の意識はまだP-LINKで微かに感じることができる。特にマシーナリーウイルスの力を使えばより鋭く彼らを感じる。それが怖いのだろう」


「黙れ……」


両手で顔を覆いながらもアンは小声で言い返した。


だが、ノピアは止まらない。


「生き残った私たちには、仲間たちが救ってくれたこの世界を守る義務がある。それが、何よりの仲間へのとむらいとなる」


「黙れっていっているだろうッ!」


顔を上げて大声をあげるアンに、ノピアは話を止めることはない。


ノピアは胸元を掴んできた彼女に対し、睨みつけるように見返しながら話を継続していく。


「現在、バイオニクス共和国は人体実験で特殊能力者を生み出し続けている。そして、今度はそれを登録法で従わせるつもりだ。この危険性が、誰よりも力のあるお前ならわかるだろう」


強い力はその使い手を変えてしまう。


人間が力を使うのではなく、人間が力に使われるようになる。


そして、たとえ登録法で縛り付けても、それに反感を抱く者が現れ必ず悲劇が訪れる。


そうなったとき、誰がその悲劇を止められるかと、ノピアはアンへ言った。


「強力な能力を手にすればその者の性格があらわになる。貧しき聖者が裕福になった途端に人が変わるのと同じだ。だからこそ使われる怖さを知る我々が、この世界の抑止力となる必要があるのだ」


「私は目に入る人たちを助けられればそれでいい。身近な大事な人たちを……あの子たちを守れればそれでいいんだ!」


「お前がやっていることは全くもって馬鹿げている。まるで子供の送迎を世界最速で走る車でやっているようなものだ」


「お前に何がわかるッ!? 私は……お前やローズのように戦うのが好きじゃないんだッ!」


ノピアは喰って掛かってきたアンを振り払うと、首に巻いていたスカーフを彼女へ投げ付けた。


そして、静かながら怒気のこもった声を出す。


「自分だけが被害者のつもりか? 私はお前のせいで愛する人を失った」


そんなノピアに対し、アンは何も言い返すことができない。


再びを目を逸らして俯いてしまっている。


だが、ノピアの口が閉じることはない。


「七年前、アフタークロエのときにお前は何をやっていた!? 仲間が救ったこの世界を守るべきときに! 一番必要だったときに世界を放って置いて、お前はッ!!」


ノピアが声を発する度に、丸太小屋が全体が揺れていく。


それはまるで地震のように、今にもすべてを壊してしまいそうなほどだった。


「こんなところでこそこそ隠れていた。お前は、私たち皆を見捨てたんだ……」


彼の声が静かになると揺れが収まった。


そして、ノピアはアンに背を向けて丸太小屋を出て行こうとする。


「一つ、言っておくぞ。お前は子供たちを守っているのではない。子供をいいわけにして自分を守っているんだ」


そう吐き捨てると、今度こそノピアは丸太小屋を出て行ってしまう。


残されたアンは両膝から崩れ落ちると、その場でただ呻くだけだった。

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