#409

ロウルはそう言うと指をパチンと鳴らす。


すると、何もないところから突然真っ黒なバイクのようなものが現れた。


それは、バイクとはいってもタイヤもなく、ロウルの側で宙に浮いてまま上下にゆっくりと揺れている。


メイカにはこのバイクのようなものが理解できない。


だが、この里に来てからオーラを操る技術を教えられたりと、わりと超自然的オカルトに対しての耐性があったためか、喚いたり取り乱したりはしなかった。


「こいつは処女ヴァージン。お前さんなら知っていると思うが、人間を奇跡人スーパーナチュラル呪いの儘リメイン カースにする神具と呼ばれているものの一つだ」


処女ヴァージンとは――。


少年少女の呪いの集合体である神具である。


処女ヴァージンはタイヤもライトもないバイクで、最大時速五百キロで走り、空をも駆ける。


さらに瞬間移動も可能で、特殊な結界――社会撤退ソーシャル ウィズドローアルを張り、外部から普通の人間が干渉できないフィールドを作ることできる。


今から数年前にある秘境へと足を運んだロウルは、この単車になった神具の啓示を受け、呪いの儘リメイン カースへとなったと言う。


ロウルは今までのメイカの暴言などなかったかのように振る舞い、自分の神具である処女ヴァージンの説明をし終えると、その神具――バイクにまたがる。


「ほら、なにほうけてんだよ。さっさと後ろに乗れって」


「え……? 乗れって……」


ロウルは処女ヴァージンのハンドルを回すと、戸惑っているメイカの目の前へと走り出し、彼女の身体を掴んで強引に後部座席に乗せた。


そして、そのままバイクは空へと飛び上がっていく。


当然のことながら、今まで空を飛んだことなどないメイカはあり得ない状況に驚くしかなかった。


「しっかり捕まってろよ。落ちたら死ぬからな」


笑顔でそう言ったロウルは、メイカが自分の身体にしがみついたことを確認する。


そして、処女ヴァージンを加速させて大空を突き進んでいった。


メイカが先ほどまで眺めていた景色――晴々とした青空の中を走る処女ヴァージン


下に見える緑の木々や里が小さくなり。


目の前に見える白い雲に触れながら。


メイカは憂鬱な気分が晴れていくのを感じていた。


しかし、そんな気分が長く続くわけもなく。


彼女は鬱屈した表情に戻ると、ロウルの背中にしがみついているだけだった。


「やっぱ空はいいよな。いつ飛んでも気分が晴れる」


ロウルは返事をしないメイカへ言葉を続ける。


「そうだ、メイカ。お前さんは海に行ったことはあるか? 海もいいぞ。この里の山と同じくらいたくさんの生き物がいて、そいつらがその景色の美しさと見事に調和しているんだ」


「……よくわかんないけど。てゆーか、今日会ったばかりで呼び捨てにすんの?」


「だってお前さんはメイカだろ? メイカ、う~んメイカ。良い名前じゃねぇか」


「……ロウルさんって、礼儀正しいんだがぶっきらぼうだかよくわかんないおっさんだね」


「おっさん言うな。これでもまだ気持ちは若いつもりだぞ。ま、若いつーか現役だって言いてぇんだがな」


「それってさ。ただ思春期が終わってないってだけじゃないの?」


「お前こそ今日会ったばかりでずいぶん言うじゃねぇかよッ!」


ロウルとくだらない会話を交わしているうちに――。


メイカは自分が笑っていることに気が付くのだった。

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