#400
一人の女性が牢屋の中から空を見上げていた。
短い髪から見えるその顔には右目がなく、残った左目で牢にある鉄格子の付いた窓から夜空を見ている。
「出せよぉ……。ここから出してくれぇ……」
両手と両足に
かなり長い間ここに入れられているのだろう。
かなり衰弱して精神的にも参っているようだった。
彼女の名はメイカ·オパール。
現在二十三歳の女性で、住んでいる里の掟を破ったことでこの牢屋に閉じ込められていた。
そのメイカが破った掟とは――。
それは数年前に
――男女二人が仲睦まじい山の中を歩いていた。
一人はメイカ、そして男のほうは顔立ちの整った長身の青年だ。
青年の名はラヴヘイトという。
彼はバイオニクス共和国からハザードクラスに選ばれている世界でも有名な男だ。
彼の二つ名――
だが、こうやってメイカと楽しそうに過ごしているところを見ると、彼も普通の大学生だということがわかる。
「メイカ、寒くないか?」
ラヴヘイトは着ているジャケットを脱いで、メイカに羽織らせた。
メイカは自分の着ている
まだ陽は落ちていないが、風は冷たい。
メイカが住むところは山奥にある寂れた里で、年中寒さに凍えるような地域だった。
しかし、そんなところでも、ラヴヘイトがいるだけでメイカの心は暖かかった。
彼がいれば他に何もいらない。
自分はこの人と結ばれるために生まれたのだと、少し甘えるようにラヴヘイトに寄り添う。
「ねえ、あたしなんかでいいの? 顔だって右目がなくて幽霊みたいだって、里のみんなに言われてるのよ」
「君だったらたとえ幽霊でも俺は好きになるよ。それよりも君だって、俺と付き合ったら大変なことになるんじゃ……?」
メイカはラヴヘイトの唇に自分の人差し指を当て、それ以上何も言えないようにした。
そして、無言でラヴヘイトの身体を抱きしめると、彼も優しく抱き返す。
冷たい風が再び吹きが、まるで二人にもっと深く抱きしめ合うように言っているようだった。
「あなたと居られるなら、なんだってするわ。たとえ、掟を破ることになっても……」
そう――。
メイカの住む里――
だが、若者の燃える恋の気持ちを止められるはずもなく、メイカは掟を破り、そして現在いる牢屋へと入れられたのだった。
「あぁ……ラヴヘイト……。あなたはどこにいるの……。会いたい……会いたいよぉ……」
ついに窓から外を見ることも止めて、身体を転がすメイカ。
その泣き顔は年齢以上に幼く、まるで誘拐された少女のように弱々しかった。
そんな彼女がいる牢屋に、近づいて来る足音が聞こえてくる。
だが、メイカは何の反応も見せない。
どうせ食事を運んできたのか、それとも身体を洗う時間なのか。
どちらにしてもここから出て手枷足枷を解いてもらい、自由にしてもらえるわけではないと、彼女は理解しているからだ。
泣き顔を隠すように壁を見るメイカに、その近づいてきた足音の主が声をかける。
「メイカ·オパールってのはお前さんだな。今すぐここから出してやるよ」
あり得ないこと言った男の声を聞いたメイカが振り返ると、そこには長髪のパーマ頭にレザージャケットを羽織ったガッチリとした男性が立っていた。
(なにこのおっさん? 里の人間じゃないみたいだけど……。それにしてもスゲーモジャモジャだなぁ)
メイカはパーマ頭の男の顔を見て、年齢は五十才くらいかと思いながら訊ねる。
「あんた誰……? いや、あんた……ハザードクラスの……ッ!?」
「俺を知っているのか? そいつは嬉しそうねぇ~」
メイカは男のことを知っていた。
何故ならば目の前にいるこの男は――。
恋人のラヴヘイトと同じく共和国からハザードクラスに選ばれている男――。
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