#292

ミウムが両手を広げるとプレハブ小屋の床が揺れ始め、建物自体が震え始めた。


それから床から土の柱が何本も突き出し、その数はそれなりに広い小屋の中を埋め尽くしていく。


《おいミウム! その辺にしとけって! それ以上はヤベェよッ!》


彼女の肩口に付いている黒羊ルーツーが叫んだ。


ブレイクは何がヤバいのかとミウムを見続けていると、彼女の身体にある変化が現る。


「こいつは……機械が身体を侵食しているのか?」


ミウムの左腕――機械の部分が広がり始め、肩から半身、顔、片目までが機械化し出している。


ブレイクは、これがマシーナリーウイルスの適合者の代償というものなのかと驚愕していた。


「これでわかっただろう。私に武器が必要な理由が」


「そいつはわかったが、適合者ってのはみんなお前と同じなのか?」


ブレイクは、苦しそうにしているミウムに訊ねた。


彼がわざわざ訊いた理由は、以前に戦った適合者の少年――。


ミックスがミウムと同じように自分の力をセーブしていたのなら、あのときの勝負は手加減されていたのかと思ったからだった。


だが、そんなブレイクの予想とは反した答えが返ってくる。


「いや、私だけだろう」


「お前だけ? マシ―ナリーウイルスってのは適合者によっても症状が違うもんなのか?」


ブレイクが続けて質問をすると、今度はルーツーが答える。


《ミウムに注入されたヤツは普通のマシ―ナリーウイルスよりも濃度を上げているのさ》


「そんなリスクをなんで負う必要があるんだ? 能力なしでもあれだけ強いのによ」


《お前、さっき見ただろ? 機械の大軍を相手にしてたのをさ》


ルーツーは先ほどブレイクがミウムに見せられた未来の光景――。


P-LINKによって脳内に映し出された映像について話し出した。


そこでは廃墟都市で襲い掛かってくる機械の軍を相手にしていた。


あれはきっとミウムから見たものだったのだろう。


あの生物が死に絶えた世界でたった一人で戦ってきた彼女には、マシ―ナリーウイルスを超える力が必要だったのだ。


たとえそれが己の身体をむしばむものだとわかっていたとしても。


ブレイクはミックスが手加減していなかったことに安堵あんどすると共に、この目の前にいる白銀髪の女が、どれだけ死の物狂いの戦闘をこなしてきたんだと思い、ゴクリとつばを飲み込む。


「それに能力頼りは早死にする。お前は心配なさそうだがな」


「そいつはどうも……」


簡単にあしらっておいてよく言うと思いながらも、今はそんなことを考えている場合ではない。


この女が自分に見せた世界は地獄だ。


それを変えるためには、バイオニクス共和国を潰さなければいけない。


だが、たった二人で何ができる?


ここは協力者を集めたほうがいいのではないか。


――と、ブレイクは考える。


「なあ、信用できるヤツが何人かいるんだが――」


「無理だ」


話を言い切る前にさえぎってきたミウムに、ブレイクは顔をしかめて彼女に詰め寄る。


そして、互いの吐く息がかかるほど近づくと、にらみつけながら怒号どごうを放った。

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