#259

スピリッツが独り喋り続けるブライダルを見ていると、腕時計の通信システムに連絡が入ってきた。


《少佐、ライティングです! 城塞内に侵入者がッ!》


「落ち着きたまえライティング殿どの。そいつは今わしの目の前にいる」


スピリッツの無事を確認したライティングは、城塞内の状況を話し始めた。


現在城塞内の通信システムはすべてジャミング――妨害されており、この回線は自分の乗っている車椅子から送っているものだと言う。


今のところ被害らしい被害はないが、スピリッツの元に侵入者がいるのならすぐにでも帝国兵を向かわせると彼は言葉を続けた。


「その必要はない。侵入者は儂がここで捕まえる。ライティング殿は他に何か異常がないかどうか調べてくれ」


《そうはいきません。すぐにでも――》


ライティングの通信が途中で切れた。


スピリッツの目の前では、先ほどから独りで喋っていたプライダルが、何かコントローラーのようなものをいじってブツブツ言っている。


「あれ~おかしいな~どうして電話できちゃったんだろ? つーかこのままだと私、殺されちゃう? まっさかこんなカワイイ女の子を殺さないよね~。おじさん良い人っぽいし」


「君はどこの者だ? 何故城塞に侵入していたんだ?」


「どこの者? おじさんなんか誤解してない? 私はコミュニケーション能力が高いからよく勘違いされちゃうけどね。そういんじゃないから。でぇ~私の名はブライダル。一匹狼の傭兵だよ。ロンリーウルフのブライダル。ヤバッ! ちょっとカッコよくない? いやダサいかぁ~。ねえ、おじさんはどう思う? ブライダル的にはどっちでもいいんだけどさ~」


「よく喋る傭兵だな」


「それってさぁ~、遠回しに私のこと嫌われ者って言いたいわけ? それも誤解だって。だって私、噂話も自己アピールも過度な下ネタも言わないよ。いや、ゴメン。下ネタは結構好き。でもギリギリ十代の男の子女の子が喜ぶくらいのレベルだし」


「お喋りは終わりだ。君が儂の目の前まで来れたということで、相当な実力の持ち主だというのはわかる。そうやって相手を油断させようとしてもすきなど作らんよ」


「褒めてくれてありがとう、おじさん。でもね、別に油断させようとかそんなんじゃないんだよね。これはなんというか、スタイル? そう、ブライダルスタイルってやつ? それとさ。私がここに来た時点でもう、おじさんはゲームオーバーなんだよね~。う~ん、残念」


スピリッツはブライダルに投げつけられたタコスを机の上に置くと、両腕を組んでコクコクとうなづいている彼女に向かってナイフを投げた。


まるで弾丸のように飛んでいく刃が、ブライダルの足に突き刺さり、床に敷かれた絨毯じゅうたんを赤く染めていく。


「どうやら油断しているの君のほうだな。その足でもう脱出は不可能だ。直に部下たちが来る。君の言う通りゲームオーバーだ」


ナイフの刺さった足からはまるで噴水のように血が噴き出ている。


スピリッツの言う通り、この怪我で侵入者に気が付いた城塞から逃げ出すのは不可能に近い。


だが、ブライダルは追い詰められたというの、その余裕の態度を崩さなかった。


「おじさんってやっぱ優しいよね。それだけの腕があるんだから頭か心臓を狙えたでしょ?」


ブライダルはニッコリとスピリッツに微笑む。


スピリッツは一体何を笑っているのかと思っていると、次の瞬間に彼女の足の怪我がみるみるうちにふさがっていった。


そして完全に足に怪我が完治すると、プライダルはゆっくりとスピリッツへと近づき始める。


「再生しただとッ!? まさか奇跡人スーパーナチュラル呪いの儘リメイン カースかッ!?」


「イヤだなぁ~おじさん。あんなオカルトと一緒にしないでよ~。ブライダルはちゃんとした人間だよ~」


スピリッツは向かってくるブライダルを押さえ込もうと飛び掛かった。


彼はわらのように細い身体をしているが、その動きは無駄のないものだ。


さすが一兵卒から少佐まで伸し上がった男である。


年齢でいえばすでにもう初老の域に入っているが、その動きは俊敏しゅんびんだった。


だが――。


「ま、元人間だけどねぇ~」


逆にあっという間に押さえ込まれ、両腕をへし折られてしまった。


なんとか距離を取ったスピリッツに、ブライダルにまた近づいていく。


「悲鳴をあげないなんておじさんカッコいいね。じゃあ、おやすみなさい~」

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