#254

すべての者がライティングの一挙一動に注目する。


まず彼が口にしたのは、ストリング帝国は永遠なる破滅エターナル ルーインの脱走者たちを受け入れるというものだった。


衣食住を与え、生活の安全を保障し、帝国の民として暮らしていける。


これはいつわりではない。


それは、こうやって帝国の者として皆の前に立つ自分の姿を見ればわかってもらえるだろうと――。


ライティングは、まるで泣いている赤子に言い聞かせるように伝えた。


「ボクを信じて帝国に来てほしい。そうすればこんな略奪者のような生活から抜け出せるんだ」


ライティングの話に身を震わし、それは本当になのかと、帝国で安全に暮らせるのかと、言葉を詰まらせながら口々にする脱走者たち。


これまで――。


永遠なる破滅エターナル ルーインのメンバーだったというだけで、バイオニクス共和国にも他の国にも受け入れてもらえなかった彼らは、ライティングの言葉に涙を流していた。


その様子はそのまま、彼らのこれまでの苦労を物語っている。


「スゴイや……。ライティングがみんなの前に立っただけで安心させちゃってるよ」


その圧巻あっかんの光景を前に、ミックスがつぶやくとニコも嬉しそうに鳴いている。


彼の横にいたジャズは思う。


違う、ただ立って話しているだけではない。


ライティングは言葉に意味そのまま、己の身を犠牲にして仲間を救ってみせたのだ。


その後に帝国に入り、周辺の国や名も無き町や村への慈善活動を続けていた。


そんな彼のこれまでの行動が、今ここにいる脱走者たち――いや、帝国兵もふくめすべての人間へと伝わっている。


(リーディン……あなたの彼はスゴイよ……)


ジャズは、自分の目頭が熱くなっていることに気が付いた。


それは、以前に共和国で誤解から戦ったリーディンのライティングへの想いや、今までの彼の苦労がむくわれたような――そんな気持ちから湧き出る感情だった。


わしの任務もこれにて終了だな。さて、ローズ将軍へはなんといえばよいのやら……」


この戦場の総指揮官であるスピリッツは、立ち上がると身に着けていたエプロンを脱いだ。


彼だけではない。


この場にいる誰もがこれで戦いが終わる。


そう思っていた。


だが、ただ一人。


ある男がライティングへと言葉をぶつける。


筋骨きんこつ隆々りゅうりゅうの体をした髪の長い少年だ。


だまされるなッ! そいつは嘘を言ってるぞッ!!」


ライティングの穏やかな声とは対照的な言い方で、髪の長い少年はゆっくりと人混みの中を歩いて来る。


そんな男の後ろには、赤毛の少女がついてきていた。


二人が車椅子によって高い位置にいるライティングの前に立ち止まると、彼のことを見上げて口を開く。


「帝国に入って生き残れるのは才能のある奴だけだ! 使えない人間はすぐに殺される!」


「その通りだよ! みんなだってわかってるでしょ!?」


髪の長い少年と赤毛の少女は、ライティングへ気持ちを向け始めていた脱走者たちへげきを飛ばした。


すると、先ほどまで涙を流すほど喜んでいたのが噓のように、皆の顔が強張っていく。


ライティングは、その二人の少年少女を見て驚愕きょうがくしていた。


それは、自分の言葉がくつがえされたからではない。


彼は、その髪の長い少年と赤毛の少女のことをよく知っているからだった。


「トランスクライブ……メモライズも……二人共生きてたんだねッ!」


慌てて車椅子から出した金属の触手を動かし、二人の目線まで下がったライティング。


その顔は満面の笑みだった。


だがしかし、トランスクライブとメモライズと呼ばれた少年少女のほうは、そんな喜びの表情を跳ね除けるような冷たい顔を返すのだった。

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