#244

「ライティング、あたしだ。ノピア将軍が寄越した人間が来たから紹介したい。入っても大丈夫?」


ジャズはコンコンコンと三回ノックをした後に、部屋にいる人物へ声をかけた。


部屋の中からは大丈夫だという滑舌かつぜつの良いさわやかな男の声が聞こえた。


扉を開け、ニコを抱いたまま中へと入ったジャズに続いてミックスも足を踏み入れる。


中には、メカニカルな車椅子の乗った男がいた。


この男がジャズがいっていた紹介しておきたい人物なのか。


ジャズがライティングと呼んだ男は、穏やかな笑みを浮かべてミックスを見て会釈えしゃくした。


見た目からしてミックスやジャズと同じくの年齢だろう。


ミックスがライティングのことをよく見ると、彼には手足がないことに気が付いたが、二人はミックスのことなど気にせずに話をしていた。


「そちらがノピア将軍がいっていた君の想い人かい?」


「なッ!? やめてくれ! こんなのが想い人だなんて、将軍があたしをからかっているだけだ!」


ジャズはミックスを会わせた途端とたんに恋人なのかと訊かれ、顔を真っ赤にして反論している。


そのせいで腕に力が入り、彼女に抱かれていたニコは、ギューっと締め付けられて苦しそうだった。


興奮した彼女をなだめたライティングは、手の先がない金属部を肘掛けに差し込み、その乗っているメカニカルな車椅子を動かした。


「初めまして、ボクはライティング。君のことはジャズ中尉から聞いているよ」


ゆっくりとした言い方のの自己紹介は、そのまま彼の人柄が伝わってくるものだった。


顔も表情も態度すらも、すべてが好青年でしかあり得ないものだ。


ミックスはこれまで見てきたストリング帝国の軍人たちを思い出していた。


ジャズの叔父であるブロードや、彼女の友人のヘルキャットはわかりやすく軍で育った人間に見えた。


先ほど顔を合わせたパシフィカやスピリッツなどもそうだ(パシフィカの見た目は完全に子供だったが)。


アリアはわりとそうでもないように見えたが、やはりどこか軍人らしい雰囲気を持っていた。


だが、このライティングという男は違う。


とてもじゃないが軍人には見えないし、ストリング帝国の人間にも見えなかった。


どちらかといえば、自分寄りのタイプだとミックスは思うのだった。


(でもまあ、俺はこんな爽やかじゃないけどね……)


ミックスは内心で苦みを覚えつつも笑みを返し、自分も名乗った。


すると、ライティングはさらに嬉しそうに笑う。


「じゃあ、ミックスでいいかな? ボクのこともライティングでいいから」


「うん。よ、よろしくね(なぜだろう……なんか負けた感じがする……)」


この敗北感はなんだろうと思ったミックスは、自分は考えていたよりもずっとひがみっぽい性格だったのかと心の中でへこんでいた。


それは、手足もなく車椅子だというの。


この好青年は、全くそのことで引け目や疎外感そがいかんを感じさせず、さらに余裕のある雰囲気をまとっていたからだった。


いつの間にかお得意の乾いた笑みへと変化していたミックスへ。


ライティングはその笑みのまま声をかける。


「もう遅いからゆっくり休むといいよ。待っててね、今は部屋を用意してもらうから」


「ハハハ……ありがとう。でも大丈夫なの? こんなゆっくりしていて? 城塞の外にはここを壊そうとしている人たちがいっぱいるんでしょ?」


「今夜はもう襲って来ない思うよ。先ほど派手な襲撃があったばかりだし。一応ドローンに見張りもさせているしね。何かあればすぐに対応できる。ミックスも安心して休んでもらえると思うよ。まあ、そんなに期待できるような部屋はここにはないけどね」


「そ、そうなのね……。じゃあ、お言葉に甘えて……」


ミックスの返事を聞いたライティングは、車椅子にまた金属部を差し込んだ。


どうやら彼の乗る車椅子は色々な機能が付けられているようで、どこへ通信をしているようだ。


それから部屋を用意してもらったミックスは、ジャズに連れられてその場所へと向かうのだった。

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