#240

整列しているストリング兵の間を抜けて、城塞内へと入って行くミックスとニコ。


彼らの住んでいるバイオニクス共和国のような雰囲気とは違う、古風なヨーロッパを思わせる内装に、つい周囲を見回してしまっている。


「ところでミックスくん。君の生まれは共和国なのかね?」


「いや、元々は違うみたいなんですけど。どこなのかは小さかったのであまり覚えていません」


「そうか……。マシ―ナリーウイルスの適合者なのだから、ストリングの者かと思ったのだが。まあ、わからないのならしょうがないな」


スピリッツは笑いながら言葉を続けた。


なんでも彼が言うに、七年前にあったバイオニクス共和国とストリング帝国の戦争――アフタークロエ以前の帝国では、軍人も住民もすべてマシ―ナリーウイルスを体内に注入されているらしく、適合者であると聞いたミックスも元は帝国に住んでいたと思っていたようだ。


しかし、ミックスはその話に疑問を持った。


すべての国民にマシ―ナリーウイルスを注入しているのなら、何故全員機械化しないのか?


他の者のことはよく知らないが、少なくともジャズが機械化することができないのは知っている。


ミックスはそのことをスピリッツに訊ねてみた。


振り返ったスピリッツは、少し驚いているようで戸惑いながらも説明を始める。


先代であるレコーディー·ストリング皇帝は、一部の者を以外にマシ―ナリーウイルスのことを知らせなかった。


つまりは国民に知らせずにウイルスを注入していたのだ。


そのことで、主に軍人が機械兵オートマタという帝国の言いなりになる機械人形になった。


だが、その中でも機械兵オートマタにならずに、その力を自分の意思でコントロールできる者たちが現れる。


「それが、ヴィンテージと呼ばれているアン·テネシーグレッチと、ローズ·テネシーグレッチ将軍二人だった」


「うん? あの~俺をここへ連れてくる命令をしたノピア将軍って人も適合者だと聞いているんですが?」


「ノピア将軍は研究と実験によって適合者なったんだ。だから純粋な適合者とはいえんな」


スピリッツがいうにノピア·ラッシクは、アン·テネシーグレッチ、ローズ·テネシーグレッチとは違い、適合者の体質を研究してウイルスを適合させた“強制者”というものらしい。


その三人以外の多くの国民は、機械兵オートマタにも適合者になれない者が大半らしい。


そういうこともあり、スピリッツはミックスのことを帝国の出身者だと思ったようだが、ミックス本人が自分がどこの生まれかわからないようではっきりとはしなかった。


「たぶん兄さんや姉さんに訊けばわかるとは思うんですけど、どうも最近仕事が忙しいみたいて連絡がつかないんですよ」


「共和国に父親や母親はいないのか?」


「父は俺が子どものときに暴走したコンピューターとの戦争で亡くなったと聞いてます。母親のほうはなにも聞かされていません」


「すまん……悪いことを訊いた」


ミックスは、自分の息子くらいの年齢であるにもかかわらず、そんな相手に対して頭を下げるスピリッツに好感を持った。


この白髪交じりの老兵は、きっと今まで生きていて苦労が多かったのだろう。


自分のような若輩じゃくはいに素直に無礼を詫びれるのが、その証拠だ。


「スピリッツさんって、少佐なのに全然偉そうじゃないですね」


「うん? そうか?」


「だってブロードさんとかは分かりやすく大佐って感じでしたよ……って、あれ? 俺、今悪口いってるかな?」


ミックスの言葉を聞いたスピリッツは大声で笑い始め、彼の声が城塞内の廊下に響き渡った。


何がそんなに可笑しいのわからないミックスに、老兵が言う。


「ブロード大佐はストリング帝国の名門フェンダー家の長子ちょうしだ。君が感じた偉そうというのは、その貴族的態度のことだろう。わしのような兵卒から成り上がった将校とは違っていて当然だよ」


「えッ!? ってことはブロードさんと従妹いとこのジャズも名門の出ってことですか!? まさかのお嬢様ッ!?」


「まあジャズ中尉も分家とはいえフェンダー家の血を引いているからね。当然、家は厳しかっただろうな」


スピリッツの話を聞いたミックスとニコは、豪華なドレスを着たジャズの姿を想像した。


彼女の体型――スタイルのは当然良いのだが、あのするどい眼光がすべてを台無しにしている。


「ま、まあ、ジャズがやたら他人に厳しいのはそういう事情があったからってことだと考えれば納得できるね……」


ミックスに同意するように、ニコがため息交じりで鳴いた。


そして、彼らはジャズのいる部屋の前へと案内され、その扉の前へと到着した。

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