#235

それからミックスはスプーンを取り、早速食事を始めようとした。


ニコはまだ不安がっていたが、今そんなことを気にしてもしょうがないと思い直し、先ほどテーブルに置いた自分のスプーンを持つ。


数日後か、または明日なのか。


ともかくジャガーがいうに、これから何者かが迎えに来るそうなのだが、そんな心配も前日から仕込んでいたミックス特製ビーフシチューの前には吹き飛んでしまったようだ。


「それじゃ、いただきます」


両手のてのひらを合わせていうミックスに続き、ニコもメェーと鳴いてその小さなひづめの手を合わす。


そして、彼らがビーフシチューに手を伸ばした瞬間――。


突然ガシャーン! と窓が割れて何か小さなものが放りまれた。


「なんだ? どっかで実験でもしているのか?」


ビクッと身を震わせながら大慌てするニコとは違い、ミックスは冷静だった。


それは、彼の住む寮の周辺は実験用の研究施設が多く、まれにだが、こういう迷惑なことが起きるからだった。


もちろん後で研究所から窓の修理代は出るし、迷惑料としてバイオニクス共和国内のみで使える商品券やクーポンをもらえるので、ミックスにとってはむしろ嬉しい。


だが、それは彼が思っていた研究施設の実験ではなかった。


ミックスがテーブルから立ち上がった瞬間に、割れた窓の外から小さい缶のようなものが投げ込まれたのだ。


それでもまだ施設の実験だと思っているミックスは、部屋に落ちているその缶を拾い、ブツブツと文句を言い出す。


「人の家の中に缶を投げ捨てるなんて……。一体何の実験をしているんだよ? 全く、こりゃいつもより多めに迷惑料をもらわないとね」


そんな缶を手でもてあそんでいるミックスを見て、ニコが大きく鳴いた。


何故ニコが鳴いたのかというと、ミックスが手に握っている缶から少しずつ煙が吹き出していたからだった。


ニコのおかげで気が付いた彼は慌てて缶から手を放す。


「うわッ!? なんだよこれ!? これも研究所の実験か!?」


ニコが必死に「そんなはずがないだろう!」と鳴くが、ミックスの鈍さは筋金入りだ。


未だにこの事態が日常の延長だと思っている。


シューッと煙が部屋を埋め尽くすころには、ミックスはニコの目の前でバタンと倒れ、スヤスヤと眠っていた。


どうやら小さな缶の中身は睡眠ガスだったようだ。


電気仕掛けの仔羊であるニコには効果がないが、マシ―ナリーウイルスの適合者とはいえ人間であるミックスは見事に爆睡状態。


ニコはこの少年のあまりの迂闊うかつさに呆れながらも、必死で彼を起そうとしていた。


そこへ割れた窓から誰かがゆっくりと侵入しんにゅうしてくる。


「う~ん、本当にこの人がブレイク·ベルサウンドやロウル·リンギングと渡り合ったのですかねぇ……」


甲高い少女の声を聞いたニコは、侵入してきたほうを振り向くと、そこには下顎から額まで覆われたガスマスクをした小さな人物がいた。


先ほどの声と体格からしてまだ子供――小学生くらいの女の子だろう。


ニコは何故こんな小さな子がミックスを眠らせたのだろうと、小首をかしげていると――。


「まあ、わたくしの任務はこの人をジャズ中尉のところへ運ぶこと……。余計なことは考えなくていいです」


そして、ガスマスクの女の子が手をサッと上げると、そこへ深い青色の軍服を着た者たちが入って来てミックスのことを運んでいく。


全員彼女と同じくガスマスクしているため顔は確認できないが、しっかりした体格や身のこなしからするにどこかの軍人のようだ。


ニコは慌てて止めようと飛び掛かったが、ガスマスクの女の子にその豊かな毛を持つ体を捕まえられてしまう。


「フムゥ……。任務では適合者の少年だけということでしたが、ついでにこの子も連れていきましょう。可愛いし」


それからミックスと共にニコまでも、ガスマスクの集団にさらわれてしまった。

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