#228

――病院の一室でミックスが眠っていた。


集中治療室から出て一般病室に移されていた彼は、側にあった荷物からエレクトロフォンの着信で目を覚ます。


ゆっくりと開いたまぶたから最初に見えたのは真っ白な天井だ。


ここがどこなのかミックスにはわからなかった。


ただ白い部屋のベットに寝かされ、消毒用のアルコールの匂いを感じただけだ。


(……あれ、俺はどうなったんだ……?)


体中に何かテープのようなものを張られている感触がある。


腕についたくだを見てミックスは理解した。


自分はあのハザードクラス――非属ノン ジーナスこと、ロウル·リンギングに負けてここにいるのだと。


(電話に……出なきゃ……)


ミックスは自分の荷物に手を伸ばした。


動かすだけで痛みがある。


自分は余程こっぴどくやられたのだなと、いつものかわいた笑みを浮かべる。


「はい、ミックスです」


なんとかエレクトロフォンを取ったミックスの耳に、耳慣れた少女の声が入ってくる。


《あッやっと出た。一体なにしてたの? ずっとかけてたんだけどさ》


声の主は、今自国であるストリング帝国へと里帰りしているジャズ·スクワイアだった。


彼女の張りのある声を聞いたミックスは、自分が落ち着いてきていることを感じた。


わずかに痙攣けいれんしていた指先が止まり、ジャズの声と視界がクリアになる。


照明は落とされていたが、薄暗い部屋の端にはパイプ椅子の上で眠っている電気仕掛けの仔羊こひつじニコの姿があった。


おそらく自分が病院に運び込まれてからずっと傍にいてくれたのだろう。


そのことに、ミックスは少しだけ胸を痛める。


《ちょっとあんた聞いてるのッ!?》


エレクトロフォンからはジャズのわめく声が聞こえる


そして、目の前にはニコ。


ミックスはいつもの生活が戻ってくるのを感じていた。


だが、思考がはっきりとするとじっとはしていられなくなる。


非属ノン ジーナスのロウル。


クリーン。


ストリング帝国の者たち。


自分はやられてしまったが、皆はまだ戦っているはずだ。


もしかしたら皆やられてしまっている可能性もあったが、ミックスがロウルと対面したとき、彼が標的以外の者を殺すことはないと確信していた。


かといって、ヘルキャットとアリアがロウルを倒しているとは、正直思えない。


一度、完膚かんぷなきまでにやられた自分が役に立つとはいえない。


だが、それでもロウルの狙いは自分だ。


ミックスはそう思うとベットから降りた。


患者衣かんじゃいのまま、荷物にあった私服に着替えることなく、寝ているニコを起さないように部屋を出ようとする。


(シャドウ……頼むよ……力を貸してくれ)


《……まさかなにかあったのッ!? ちょっとあんた、また無茶をしようってんじゃないでしょうねッ!?》


右手を見つめながら、ミックスはエレクトロフォンのジャズに返事をする。


「ジャズ……ごめん……。あとで必ずちゃんと謝るよ……」


《ちょっとッ!? いきなりなにいってん――》


そこでジャズとの通話を切られた。


「ニコもごめん……いや、ありがとう……」

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