#172

次の日の朝――。


ホテルのベットで目をましたブレイクは、組織に用意よういしてもらった武器――伸縮式しんしゅくしきの剣を使って一人稽古けいこいそしんでいた。


彼が剣をまなんでから、余程よほどのことがないかぎかしたことがない日課にっかである。


さいわいにもまったホテルの部屋は広く、天井てんじょうも高ったので、物をはし退かせば十分稽古できるスペースは確保かくほできた。


ブレイクはかまえのにぎり、振り下ろす位置や足さばきなどをしっかり意識いしきしながらも、無心むしんで剣を振り続ける。


すでに使いこなしている特殊とくしゅ警棒けいぼうのようにやいばびる両刃りょうばの剣。


現在日本刀にほんとうへと変化する黒犬――小鉄リトル スティールのないブレイクに、メディスンが特注とくちゅうたのんだ一品いっぴんだ。


「今日は百回くらいにしとくか」


ブレイクが日課である稽古を終わらせると、ベットの上に置いておいたエレクトロフォンがふるえていた。


彼はあせまみれのまま、エレクトロフォンを手に取って電話に出る。


《おっはよう! ちゃんと朝ごはんは食べたかい?》


それはヴィクトリアからの電話だった。


ブレイクは、せっかく朝稽古で心身しんしんともに落ち着けていたというの、彼女のやかましい声のせいで台無だいなしなってしまったと怪訝けげんな顔をする。


彼の顔が見えないヴィクトリアは、当然そんなことはおかまいなしに話を続ける。


《おや? 返事がないなぁ。ひょっとして朝は食べないほうとか? ダメだよ、ちゃんと食べないと。ちなみアタイは朝からガッツリいくでね~》


「朝からなんだってんだ……。まずは用件ようけんをいえ。こっちはテメェに付き合ってる時間はねぇんだ」


《もうっ、せっかちだなぁ~。そんなんじゃ女の子に逃げられちゃうぞ~》


「いいから早くいえよ。まさかオレが朝飯を食うかどうか聞きたかったわけじゃねぇだろ」


《はいはい、わかりましたよ~。で、メディスンさんから新しい任務にんむが来たよ》


ヴィクトリアはそういうと、ブレイクの居るホテルの部屋の前にいるから中へ入れてくれと言葉を続けた。


彼女にそう言われたブレイクは舌打したうちをし、かぎなど掛けていないから入って来るようにつたえて電話を切る。


そして、置いていたタオルで汗をく。


部屋の出入り口からカチャッという音がすると、ヴィクトリアが中へ入ってきた。


「おっはよう~! って、あんた……なぜはだか?」


上半身じょうはんしんが裸のブレイクを見たヴィクトリアは、う~んと考えむとポンッと手を打ちらした。


意外いがい積極的せっきょくてきなんだね。でも~アタイはそんなに安くないよ」


「なにを勘違かんちがいしてんだよ。ふざけるのも大概たいがいにしとけ」


「まあ、そのきたかれた体はそそるものがあるけど。そういうアプローチはもうちょっと距離きょりちぢめてからにしてよね」


この女には何をいっても無駄むだだと判断はんだんしたブレイクは、部屋にあるシャワー室へと向かった。


それを見たヴィクトリアがまたおかしなことを言い始めたが、彼は仕事の話ならシャワーで汗をながしながら聞くからと言い返した。


「アタイはお姉さんだから気にしないけど、あんまりこういうことやっちゃダメだよ」


「なにがだよ?」


ドアを開けたままシャワーをびるブレイクのとなりにある洗面所せんめんじょで、あきれているヴィクトリア。


ブレイクのほうは、何故彼女が呆れているのかがわからないようだ。


そんな彼に大きくためいきをついたヴィクトリアは、早速さっそくメディスンから来た任務の内容ないようを話し出した。


「イーストウッドさんの任務を受けたエアラインとリーディンが、現場から消えちゃったんだって」


ヴィクトリアが聞いた話によれば――。


イーストウッドが入手にゅうしゅした新たな情報の中に、生物血清バイオロジカルのメンバーが住むんでいるマンションについてのものがあったそうだ。


しかし、昨夜さくやのようにわな可能性かのうせいもあったため、今朝けさの午前三時ころにエアラインとリーディンに調しらべさせたようだ。


「それでね。ずっと連絡がとれない状態じょうたいみたいなんだ」


「じゃあ、オレの仕事は二人の捜索そうさくか?」


「そうそう、捜索があんたとアタイの仕事ね」


「あん? またテメェと一緒かよ?」


「ふふん、そんなうれしそうにするなって。昨日きのうはあんたにまかせきりになっちゃったけど、今回はお姉さんにまっかせなさーいッ! ッて!? あんたいきなり出てこないでよッ! それに前くらいちゃんとかくしなさいッ!」


「あん? 別に隠すようなもんじゃねぇだろ」


ヴィクトリアは、突然素っ裸で洗面所に来たブレイクの姿すがた大慌おおあわてしたが。


ブレイクのほうは何故彼女が慌てているのかがわからず、不可解ふかかいそうにしていた。

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