第15話 霹靂

 案外のこと、子供たちの気が変わったのかもしれない。それとも、わたしが会いたがっていることを、今の今まで知らなかったのだろうか。わたしからの手紙は別れた妻に握りつぶされていたのか? いやいや、そんな女ではない、なかったはずだ。しかし、もし変わったとすれば、それはわたしのせいだろう。

 離婚届を突きつけられるなど、まさに青天の霹靂だった。ドラマなどで観る世の夫たちが慌てふためく様を、「鈍感な男だ」「家庭を顧みないにもほどがあるぞ」などと、己とは無縁のことと考えていた。

「お風呂に入ったら、お父さん。用意できてるわよ」

 浴室から娘の声が聞こえた。

〝背中でも流してくれるのか〟

 心内で呟いてみた。しかしどんな返事が返ってくるか、恐ろしくて声に出すことはなかった。娘の、家族の気持ちが推し量れなくなって――そもそも家族の気持ちを推し量ろうとしたことがあったのか、自問自答してみた。互いに一方的な思いをぶつけ合い、妥協という言葉のない家庭だった。わたしの意見が通るか妻の意向が通るか、どちらかだった。

 連休の過ごし方でやり合ったことがある。世間一般並みの小旅行を訴える妻に対して、わたしは混み合っている場所に出かけるのはいやだと拒否をした。日頃の疲れをとるための休みにしたいと言い張った。結局のところ、妻と子どもたちだけでのお出かけとなり、大型ショッピングモールで一日を過ごしてきた。

 そしてその翌日には、健康ランドへと、また妻と子どもたちだけでのお出かけとなった。子どもたちの悲しげな目は、今でも脳裏に焼き付いている。聞けば、健康ランドでは宿泊施設があり、確認をしてみると連休でも泊まることができたという。そこには二十種類近くの風呂があり、露天風呂さえ用意されている施設だ。疲れをとるというわたしの目的にも合致している施設だ。

 湯舟に浸かっていると、心底体が暖まる。そしてまた今日は、娘が初めて来てくれた日だ。ことさらに、心身ともに暖まる。白い湯気が浴室の全体を包んでいく。柔らかい空気が、まったりとした気分に変えてくれる。鼻歌でも歌い出したくなる。

「あなた。背中を流しますから、上がって下さいな」

 妻が、優しく声をかけてくる。

「ああ、分かった」

 両手で顔に湯を当ててから、ゆっくりと立ち上がった。半坪ほどの小さな浴室で、浴槽もひとり入るのが精々だ。ちょっと待て。妻が? 有り得ないことに、空耳かと耳を疑った。

「後がつかえてますから、早く上がって下さいな」

 間違いない、妻の声だ。まさかと思いつつ、湯気の中で目を凝らした。その瑞々しい肌は、まるで新婚当初の妻だった。しかし奇異なことに、顔だけは別れた折りの五十代の妻だ。

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