第4話 7月20日(金) 夏休み前日
賑やかだった文化祭も終わり、終業式の日がやってきた。
見たくもない成績表をもらって、解散となった。僕は大知と教室のベランダに出て話をしていた。
僕らはすっかり仲良くなっていた。きっかけは沙紀だけど、それだけの関係ではなくなっていた。年の違いも気にならなくなっていた。学校にいる間はほとんど一緒にいてくだらない話をしていた。沙紀の話題よりも、スマホのゲームやら動画の話みたいに、関係のない話の方が多くなっていた。
明日から待ちに待った夏休みだ。
でも、そんな浮ついた気分をいきなり沙紀がたたきのめす。窓枠から大きく身を乗り出して僕に言った。
「イトコが週明け月曜日に来るっていうから、適当に案内してやってね」
「適当って、どんなところだよ」
「コンビニとか、スーパーとか?」
「そんなところでいいのか」
「ていうか、この街に観光名所なんかないでしょ」
たしかにそうだ。
よそから来た人が喜ぶような物なんて何もない。
「滝とか、神社とかあるぞ」と横から大知が言った。
横幅が日本一で『東洋のナイアガラ』と呼ばれる曽木の滝とか、『焼酎発祥の地』と言われる郡山八幡神社というのがあるけど、正直、日本中どこにでもありそうな観光地だ。
「地味だよね」と沙紀がため息をつく。「ファミレスもないもんね」
大知の住む菱刈という地域に九州ご当地ファミレスがあるだけだ。
おしゃれなパンケーキ屋さんどころかチェーン店のカフェすらない。
日が暮れたらコンビニ以外街中真っ暗だ。
「夏だからさ、海があるだけでいろんな風景が思い浮かぶのにね。砂浜で水をかけたり追いかけっこしちゃったりしてさ」
沙紀が急に変な空想に浸り始めた。
「お、おう」
大知まで目線が宙をさまよい始めた。
「でも、伊佐に海なんかないんだよね」と現実に引き戻された沙紀がため息をつく。
山に囲まれた田舎町だよ。
暑い中、知らない女子を連れ回して楽しませるなんて、僕にできるわけがない。
正直気が進まない。
いっそのこと毎日雨でも降ればいいのにと考えてしまう。
「とにかく、よろしくね」
沙紀はさっさと帰ってしまった。僕に押しつけるために逃げたな。
大知がスマホを取り出す。
「なあ、皆川と仲良くなるにはどうしたらいいかな」
「なんかメッセージ送ったりしたの」
「いや、まだ」
「でも、連絡先交換したんだから何か送ってみたら」
「いや、それがさ。何も思いつかなくてさ」
不器用なやつだな。何かしないと何も始まらないだろうに。
「なんて送ったらいい?『お元気ですか』でどうだ?」
おいおい、『前略』とかつけるなよ。
「真面目すぎるよ」
「じゃあ、『大事な話を聞いてください』は?」
迷惑メールみたいだよ。
言葉にはできずに、心の中だけでつっこむ。
「『好きな人いる?』はまずいよな」
それは『迷惑なメール』だね。
ちょっと落ち着けよ。
「おう、そうだ」
大知が何かひらめいたらしい。
「おい、お前と二人で写真撮ろうぜ」
なんで男同士?
「それを送ればいいんだ。笑える写真で笑いをつかむ。自然だろ」
不自然だよ。
「協力してくれ。変顔しろよ」
大知が無理矢理僕と肩を組んで頬を寄せる。ツッコミに疲れて僕は抵抗しなかった。
もう愛の歌でも歌って動画を送ってやったらいいんじゃないか。
送信するとすぐに返信が来た。
沙紀一人の自撮り写真。右手をピストルの形にして片目をつむっている。
『いい友達できたじゃん(ハートマーク)』
あいつ、僕のスマホからだと勘違いしてないか。
「うお、すげえかわいいよな」
スマホの写真に見とれながら大知がつぶやいた。
「おまえも夏休み暇なら補習に来てくれ」
「え、なんで僕が?」
「皆川と二人きりでしゃべるなんて俺には無理だからな。おまえがいてくれると助かるんだ」
僕の首に腕を回して体重をかけてくる。死んだふりをしてもごまかせそうにない。
「いいけど、そんなに緊張しなくてもそろそろ慣れたんじゃないの」
「二人でいると怖いんだ」
「こわい?」
「オレ、女子とまともにつきあったことないからさ、加減が分からないだろ。間違ってあいつに失礼なことするんじゃないかって怖いんだよ」
それは僕も同様だ。女子とつきあうってどういうことなのかすら分からない。でも、なんとなく、大失敗はしないような気がする。それは沙紀のおかげなのかもしれない。
沙紀のイトコの世話か熊みたいな男のお供か。どちらにしろ、逃げられないようだ。
どうやら忙しい夏休みになりそうだ。
僕は大知の気持ちを軽くしてやるために、中学の時の沙紀の話をしてやった。
「沙紀ってさ、地理が弱いんだよ」
「方向音痴なのか?」
「中学の時に、大分県を『だいぶんけん』って読んでみんなに笑われてた」
「同じ九州なのにな」
「それにさ、ちょっと舌足らずなところがあって、埼玉県を『たいたまけん』って言っちゃうんだよ」
大知の顔が真っ赤になる。
「うお、かわいいじゃねえかよ」
中学の時に、あまりにも男子のハートを鷲掴みにしたものだから、答えが『たいたま』になる『埼玉クイズ』というのがはやったくらいだ。
「今度、試してみなよ」
「答えが『埼玉』になるクイズを考えればいいんだな」
大知はどんな問題を考えてくるんだろうか。
週明けが楽しみだ。
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