第5話 格の違いを見せつけて差し上げます
未婚の貴族女性が私の周囲に集まり始めたのは、皆様も思うところがおありなのでしょう。ご令嬢方は一様に扇で顔を隠しつつ、その表情は眉を寄せて嫌悪を露わにしておられます。
彼女らは未来の侯爵夫人や伯爵夫人となる貴族令嬢であり、王国の未来を支える次代を生み育む方々ですもの。敵に回せば、未来の王家の首が締まるだけ。そんなこと、あの能天気な王太子殿下が気づくはずもないけれど。
「エステファニア姫様、ひどい災難ですわね」
「本当に、あのはしたない女は王太子殿下の何かしら」
貴族には派閥があります。王族につくか、それ以外の貴族を旗頭にするかの選択ですね。他国なら複数の王子により派閥が出来るでしょう。より強い権力を持つ勢力に媚を売るのが生き残るコツであり、有利な条件や楽をして利益も得られます。この国の派閥は2つ――我がメレンデス公爵派と、国王派のみ。その理由も、我が家の特殊な血筋にありました。
きちんと育てられた貴族令嬢ならば、誰でも知っています。私を妻にしない王太子の愚かさも……気づいて嘲笑っているのでしょうか。
「愛する方だそうですわ。よろしいのではなくて? 私はクラウディオ王太子殿下の御子を産む気はなくなりましたもの」
聞き間違いがないよう、わざときっちり名前と肩書きを口にしました。
にっこり意味ありげに笑うと、彼女たちはひそひそと内輪の話で盛り上がります。どちらにつくか? 考えるまでもありませんわ。国王派についても、何もメリットはないのですから。
女性たちが噂に興じる脇で、兄エミリオが声を張り上げました。
「クラウディオ殿下。君はいつからそんなに愚かになったのかな。僕が言った意味を理解できないなら、はっきり言い直そう」
リオ兄様が毅然とした態度で、先程の言葉を丁寧に繰り返しました。月光のような銀髪がシャンデリアの光を弾き、我が公爵家特有の若草色に金を帯びた瞳が鋭く射抜く……我が兄ながら、月光の化身のような美形です。
ちらりとフランカに視線を向けると、得意げに少しだけ顎を持ち上げました。高慢ちきと捉えられそうな仕草ですが、幼馴染である私たちは微笑みを交わすだけ。彼女がすると魅力的な所作に見えるのは、それだけ自分を磨いてきた女性だからでしょうね。
「その下品な恰好の女を下がらせてくれ。相応しい肩書を持たない者が、はしたなく淫らな恰好で、玉座の前に立つことは許されない。なにより、ここに集う紳士淑女の目を
「なっ! 我が妻となるカルメンを
「貶めるも何も、さきほどの我が妹に対しての侮辱と違い、これは事実だ。王族である君が竜の乙女を貶める発言をしたことの方が問題だよ」
淡々とした声で、リオ兄様は躊躇なく言い切ってしまわれました。
音をさせずにこっそり乾杯のグラスを上げて歓迎する貴族が現れます。くすっと笑ってしまいました。
叫んだクラウディオに失望し、国王派の貴族数人が広間からそっと出ていきます。王族支持の派閥を抜けるおつもりかしら。中立派を作ってもいいですし、王族派は壊滅状態になりそう。
突然こちらの陣営に駆け込んでこない辺り、あの方々は好感が持てるわ。
微笑みながら見送りました。その微笑みがカンに触ったのでしょう。階段上から駆け下りたクラウディオに「左手を出せ」と命じられました。傲慢な態度は気に入らないけれど、素直に左手を差し出します。
「エステファニア!」
「
心配したリオ兄様の呼びかけに、穏やかな声で答えます。だって、今は
未婚の貴族女性が婚約者や家族以外の異性に手を預ける行為は、
左手を望まれた時点で、彼が何をしたいのか気づいて、好きにさせました。マナー違反の強い力で掴まれ、痛くて眉間を寄せてしまいましたわ。
こんなに乱暴な方ですのね。あまり交流がないので存じ上げませんでした。
粗野で品のない振る舞いに加え、暴力ですか? どれだけ失望させてくださるのか、逆に楽しみになってきます。でもリオ兄様の褒めてくださった手袋が台無しにされそう。
レースの手袋を引っ張られ、呆れかえって私から声をかけざるを得なくなりました。
「自分で外しますわ」
破られても王家に請求するから問題ありませんし、この程度の損害は痛くも痒くもありません。ですが人前で手袋を破られるのは、辱めに等しい行為ですもの。それくらいなら潔く自ら外しますわ。
人前でいきなり服を脱がされるに近い蛮行を拒み、誇り高いメレンデス公爵令嬢として格の違いを見せつけて差し上げます。
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