第3話 騒動が起きる前は平和でしたわ
今から2つ前の鐘が鳴り、広間へ入った時が思い浮かびました。
――豪華なシャンデリアと輝くグラス、高額な調度品や絨毯が彩る会場は着飾った人々で溢れています。丁寧に設えられたテーブルに様々な酒で作られたカクテルが並び、まるで宝石箱のよう。人望ある王妃殿下の誕生祝いの宴は、国王陛下の時より盛況でした。
美しく華やかな会場で、ひときわ艶やかな花々が笑みを浮かべてさざめきます。互いに挨拶を交わし、親しい者同士でドレスや髪型を褒め合うのが作法とされてきました。いつも通り付き合いのあるご令嬢やご婦人方と談笑し、互いの装飾品や髪型を褒め合うのは穏やかな時間。
お世辞を除いても、アイマーロ辺境伯夫人の腰の細さは感嘆の息が零れますし、ジュリアーニ子爵令嬢の髪の艶はお見事でした。いつもながら、我が国のご令嬢やご婦人は本当にお美しい方ばかりですわ。
誘われるように鮮やかな青いグラスへ手を伸ばしました。
淑女の嗜みとして、手首から先はレースの手袋で隠します。素肌を見せられるのは顔とデコルテ、手首から肩までとするのが、未婚の貴族令嬢の正装マナーですので。
明文化はされていないものの、暗黙のルールとして幼い頃より礼儀作法に混ぜて教えられました。そのため、どちらのご令嬢もショールを羽織るなどして、肌見えを減らす気遣いをされるのが当然です。最低限の淑女教育で、早いうちに教えられる重要な基礎でした。
わざわざ肩を出し、
青いグラスの中身は、白いワイン。よく冷やされていて少し甘口でした。私の味覚には甘すぎて、今度は違う物にしようと決めて指をさ迷わせました。どれにしようか迷う私に、透き通った硝子を思わせる声がかかります。
「ご機嫌よう、ティファ。ピンクのドレスなんて珍しいわね」
エステファニアの愛称を「ティファ」と縮めて呼ぶのは、家族とあと一人。親しい友人の呼びかけに、赤いグラスに伸ばしかけた手を止めました。
優雅に近づくのは、ロエラ侯爵令嬢フランシスカ様。普段は愛称で「フランカ」と呼ばせていただいております。
見事な黒い巻髪に、ロエラ家特有の青灰の瞳が特徴的な美女でスタイルも抜群です。外見の美しさに似合う気高さと、少しの我が侭が魅力的な方なの。
黒髪を引き立てるラベンダー系の淡い水色のドレスは、柔らかそうなラインを描いています。極限まで絞った細い腰から開いた花のように広がるスカートは、薄布を何枚も重ねた最先端のデザインでした。華やかな彼女によく似合っていて、自然と顔が綻びます。さすが自分に似合うものをよくご存じですわ。
幼い頃からのお友達であり、大切な兄の婚約者です。何事にも好奇心旺盛で積極的な彼女といると、私まで楽しくなるので、自然と口元が緩んでしまうのは欠点かしら。
「ご機嫌よう、フランカ」
互いに愛称呼びなのは親しさの証で、敬称なしは家族になるからです。物心つく頃から一緒に過ごす機会が多かった彼女は、私にとって姉妹のような存在でした。お胸が私よりふくよかで、女性として羨ましい限りですわ。
人当たりの良い面しか見せませんけれど、お兄様は相当な曲者です。公爵であるお父様の跡を継ぐのだから当然ですが、策略も得意で裏の顔はそれなりに黒い方でした。知っていて甘えるフランカの強さは尊敬します。
「リオ兄様はどうなさったの?」
「あなたのエスコート役をしないお馬鹿さんを叱りに行ったわよ」
きっちり説明した彼女に、くすっと笑みが漏れてしまいました。王太子殿下に対する表現ではありませんわね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます