第143話 縁



「大丈夫?」



僕は心配そうな顔をして女の子の前に屈む。



すると、みるみるうちに目には涙がこぼれて、泣きながら僕に飛びついた。



「あぁぁぁぁぁん!うわぁぁぁぁぁん!」



「ん。よしよし。もう大丈夫だからね。」



僕は女の子を抱きしめながら頭を撫でる。



「あの!・・・・・助かりました。娘を助けて頂いてありがとうございます。」



一緒にいた父親はお礼を言う。



「いえいえ。」



見ると、父親も女の子も服は汚れ、女の子のスカートから見える足は、所々に擦り傷が出来ている。

そしてあまりお風呂に入れていないのか、体には汚れが付いていた。




うん。



ちょっと我慢できないな。




女の子が泣き止んだ後、僕は立ち上がると言う。



「まだ名のっていませんでしたね。僕はレイといいます。そして後ろにいるのがカイトです。」



「あっ!それはすみません。こちらから名乗るのが礼儀なのに。・・・・・私はアルバンといいます。そしてこの子は娘の・・・・・。」



すると、泣き止んだ女の子は元気を取り戻したのか、今度は笑顔で僕の足に抱きつくと言う。



「お兄ちゃんありがとう!僕はカロル。よろしく!」



あれ。ラフィンと同じ僕っ子ですか。



僕は笑顔で、カロルの頭を撫でながらアルバンに言う。



「アルバンさん。こうやって出会ったのも何かの縁です。僕達は今から温泉に行こうとしてたんですよ。もしよろしければ一緒に行きませんか?もちろん招待ですので僕のおごりです。」



「えっ?そんなご迷惑を・・・・・」



「行く~!!!!」



父親の言葉を遮って、カロルが両手を上げて嬉しそうに賛同する。



「ハハハハハ。よし!それじゃ決まりだ!ゆっくり温泉でつかりながら話をしましょう。」



僕がそう言うと、子供の笑顔を見て諦めたのか、アルバンはすまなさそうに僕と一緒に歩き出す。



カロルは僕に近寄ると、笑顔で僕の手を握り、

もう片方をカイトと手を握る。



「へっへへ~!お~ふ~ろ~!お~ふ~ろ~!」



とても嬉しそうなカロルを見ながら僕達は女の子の歩調に合わせて、ゆっくりと、温泉街へと歩いて行った。










☆☆☆










「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・やっぱりサイコ~だな!」



とても広い露天に浸かりながら僕は呟く。



ここは温泉街。

その中でも、一番人気の温泉宿に僕達は来ていた。



実は【天使と悪魔】のイールのおかげで、首都【ミレミアム】内のどのお店に行っても、並ぶこともなく、予約なしで入れる特別なカードを貰っていた。




イールさまさまである。




「あぁぁぁぁぁぁ・・・・・サイコ~だね!」



隣で一緒に浸かっているカイトが言う。



周りは情緒豊かな木々で覆われて、外の風景を遮断している。そしてお湯が木造りの筒から流れていた。外は光で包まれて明るい街並みなのに、ここだけ違った空間の様だった。



しかも、何となく日本の露天風呂に似ている。



だからなのか、とても気持ちがいいし、落ち着くなぁ。



僕は露店風呂に寝そべりながら夜の空を見る。

星が輝き、とても綺麗な夜空だった。



「何から何まで・・・・・本当にすみません。」



これまた一緒に浸かっているアルバンがすまなさそうに言う。



「何言ってるんですか。僕が誘ったんですから、遠慮はなしですよ?・・・・・・あっ。来ましたね。待ってました!」



そう言うと、露天風呂の入口から店員が入ってきて、お酒を持ってきてくれた。



お酒飲みにはこれはやりたい事の一つ。



僕は、お酒を受け取ると、お盆を湯の上に浮かべ、カイトとアルバンさんにお酒をつぐ。



「さっ。まずは乾杯しましょう!・・・・・乾杯!」



「かんぱ~い!」



「頂きます。」



僕達三人は乾杯するとお酒をゆっくり飲み始めた。



「・・・・・くぅぅぅぅぅぅ!やっぱり旨いな!」



このシチュエーションがお酒を更に美味しくさせる。



ついでに、アルバンさんの気持ちも和らげばいいな。



そう思いながら飲んでいると、隣の木の高い壁の方からラフィンの声が聞こえる。



「あ~!レイ!お酒飲んでるな!ずるい!!!僕も頼も~!」



「いいな~いいな~!おねえちゃん。僕も~!」



「フフフ。カロルちゃんはお酒はダメだから、ジュースにしようね。」



アイリの声がする。



「は~い。分かった~!・・・・・でも、白雪とキリアって肌がすごく白い~!いいなぁ~!僕より全然すべすべしてるし~!」



「ちょっ!ちょっとカロルちゃん。抱きつかないの!」



「・・・・・・変なとこ・・・・・触っちゃだめ。」




グフッ!!




ヤバい。




カロルが暴走している。




何て羨ましいんだ。




僕もカロルになりたい。




でも良かった。すっかり元気になったみたいだな。白雪達もちゃんと面倒を見てくれているし。




そう思いながら、僕はお酒をクイっと飲み干す。



「フゥ~。」



満足のため息をつく。



「レイさん。改めてお礼を言わせてください。この度は私とカロルを助けてくれて、ありがとうございました。」



お風呂に入って、酒を飲んで、アルバンも気持ちが落ち着いたのか、僕に深々とお湯に浸かりながらお礼をいう。



「ハハハ。いいんですよ。僕が勝手にやった事ですし。・・・・・でも、どういう状況なのか。もしよろしければ聞いてもいいですか?」



「そうですね。あまり聞いていて気持ちのいい話ではないんですが・・・・・・」




アルバンは、お盆にのってあるお酒を飲み干すと話始めた。



娘が生まれて、妻と三人。贅沢な暮らしではなかったが、幸せに暮らしていた。


しかし、ある日突然、妻がいなくなってしまったのだ。


代わりに訪ねて来たのが、犯罪ギルド、スマイルスケルトンの構成員達だった。


妻は私の知らない所で、ギャンブルにのめり込み、多額の借金をして返せないと判断して逃げてしまったのだ。



私達を置いて。



それからは、必死になって妻が作った借金を返そうと、本業の薬屋の仕事の他にも掛け持ちして働いているが、それでも返せず、利子だけがとんどん増えていったのだそうだ。



「・・・・・ちなみに、借金はいくらだったんですか?」



「300万Gです。でも、返済しても返済しても利息が高すぎて・・・・・今は1,000万Gになっています。」



「1,000万G?」



どれだけ利息が高いんだよ。



しかも、聞くとすでに600万Gは支払っているとの事。




流石にこれは・・・・・・ないな。




僕は、お酒を一口飲んだ後、ゆっくりと岩づくりの露天風呂に背を付けて星空を見ながら言う。



「アルバンさん。・・・・・この件は僕に任せてもらえないですか?」



「えっ?いっいや!そんなつもりで話したわけじゃないんです!これ以上はご迷惑をかけるわけには・・・・・。」



「・・・・・僕は必然でも偶然でも、【出会い】はとても大切にしているんです。

僕と貴方は出会った。・・・・・だから、困っている状態で放っておくなんて僕には出来ません。・・・・・それに、カロルちゃんの泣き顔はもう見たくないしね。」



「しかし・・・・・!」



アルバンが言おうとするとカイトが口を挟む。



「アルバンさん。レイはね。こんな優しそうな顔をしているけど、こうと決めたら絶対に曲げないんだよ。だからここは甘えていいんじゃないかな?」




・・・・・頑固だけど、今まで間違った行動はしていない。だからみんな君について行くんだけどね。・・・・・ただちょっと優しすぎるけど。




アルバンは目に涙をためながら僕に言う。



「分かりました。・・・・・レイさん。どうかよろしくお願いいたします。」



「はい。任されました。・・・・・それじゃ、落ち着くまでは僕達と一緒に行動を共にしましょう。カイト。よろしく頼むよ。」



「ああ!任せてくれ。」



カイトが笑顔で言う。



「さて!それじゃ、せっかく温泉に来たんだから、もっと飲みましょうか!」



僕達は、温泉に浸かりながらお酒を飲み始めた。










☆☆☆










「クロード様。今月の収支報告です。」



そう言うと、側近の者が書類をクロードに差し出す。




ここは、首都【ミレミアム】にあるスマイルスケルトン第一支部の一室。



そこで報告を受けているのは、赤い目、赤い髪をしている男。



第一支部のボス、クロードだった。



「今月もまずまずの数字だ。この調子なら問題ないだろう。だが・・・・・あと一手欲しいな。・・・・・所で、あちらの状況はどうなんだ?」



「はい。【天使と悪魔】ミレミアム支部の新しいボスの名前が分かりました。・・・・・10本指の一人でノアという者です。」



「ノアだと?・・・・・チッ。あの男女か。」



クロードはその名前を聞いて舌打ちをする。



「・・・・・まぁいい。もっと収益を上げる方策を考えてみるか。以上なら下がっていいぞ。」



「ハッ。・・・・・失礼します。」



そう言うと、側近はボスの部屋から出て行った。



側近は歩きながら思う。



・・・・・スマイルスケルトン。第一支部の頭。

クロード。

彼はとても冷静沈着で、側近以外にはあまり語ろうとしない。・・・・・そして冷酷で残忍だ。


実力もおそらく全支部の中でナンバー1。今一番、三大幹部に近い存在と言われている。・・・・・彼がこの重要拠点を任されるのは必然か。


この都市【ミレミアム】は、我々スマイルスケルトンともう一つの巨大犯罪ギルド【天使と悪魔】が縄張りを二分している。


あちらのボスが変わった事で、クロード様がどうでるか・・・・・見物だな。



側近はニヤリと笑いながら中央にある広い階段を降りていった。



入れ違いに勢いよく構成員がボスの部屋をノックして入る。



「失礼します!・・・・・クロード様に会いたいと言う者が来ておりますが、どういたしましょうか。」



すると、ボスの部屋の空気が一瞬にして冷たくなる。



「・・・・・私はアポイントがない者には会わないと言わなかったか?」



「ヒッ!すっすみません!しっしかし・・・・・現れたのが・・・・・【ゼロ】という者だそうです!」



「・・・・何?」



豪華なソファーに座って収支報告書を見ながら紅茶を飲んでいた手が止まる。



「ゼロだと?・・・・・あの傭兵のか?」



「はっはい!その様です!」




・・・・・ゼロ。別名、レイ=フォックス。



世界一の傭兵にして冒険者。



傭兵の時は、革命組織【雷】を壊滅し、クリスタル帝国の皇帝を暗殺した傭兵。



冒険者の時は、仲間達が我々の第五支部を壊滅させた。そのパーティーのリーダー。



三大幹部のジョアン様が認める、ただ一人の男でいて、手を出してはいけない男。




「分かった。会おう。私の部屋まで案内してくれ。・・・・・くれぐれも丁重にもてなす様にな。」



「はい!」



そう言うと、構成員が走り去っていった。



「まずは、相手の出方を見極めてからだな。」



クロードは紅茶を飲みながら独り言の様に呟いた。










☆☆☆










部屋に入って来た男は、いかにも平凡な青年だった。



強者のオーラも感じない。



どこにでもいる普通の男だった。



だからこそ、クロードは畏怖を感じた。



青年をソファーへと促すと、お互い座りながら話を始める。



「・・・・・私が、ここを仕切っているスマイルスケルトンの責任者だが、何様かな?」



「僕はレイと言います。・・・・・アルバンさん。・・・・・借金の件で訪ねに来ました。」



「アルバン?・・・・・おい。」



クロードはそう言うと、側近に命じてリストを受け取る。



「あぁ。うちの債務者の一人か。それが?」



「借りた金は300万G。すでに支払ったのは600万Gと聞きました。・・・・・もう十分では?」



すると、クロードは、足を組みながら言う。



「レイさん。私達は善意でお金を貸してるんじゃない。・・・・・これも商売です。結果がどうあれ、奥さんには契約時に理解した上でサインを頂いている。ならば、我々がとやかく言われる筋合いはないというものです。」



すると僕は、黙ってソファーの前のテーブルの上にドンとギルを置く。



「これは?」



「アルバンさんの今の借金は利息を含めて約1,000万Gと聞いてます。目の前にはそれ以上あると思いますので、これで全て借金は返済できます。それならいいですね?」



「・・・・・まぁ、貴方は裏でも表でも知らない者はいない程、有名な御方だ。1,000万Gなんてはした金でしょうが・・・・・なぜそこまで?」



「僕は縁を大事にしてるんですよ。・・・・・ただそれだけです。」




・・・・・地球の頃は誰とも繋がらずに、ただ一人で黙々と妹を養うために生きてきた。だからこそ、新しく生まれ変わった今は、様々な人との繋がりを大事にしたいんだ。


その為なら、前は絶対に関わらなかった危険な人達とも必要ならば相対しようと思っている。


後悔する生き方はもうしたくないしね。




クロードは置かれたゴールドを手に取ると、そこから半分僕の前へと戻す。



「・・・・・500万G。それだけでいいです。もちろん、完済書をお渡ししましょう。」



「えっ?何でですか?1,000万Gじゃないんですか?」



「貴方の事です。この1,000万Gを無償で払ったとなれば、アルバンの為にならない。だから肩代わりした金を無利子で支払うように言うのでは?・・・・・なら、出来るだけ負担が少ない方がいい。」



僕は訝しげに聞く。



「何故?貴方には何のメリットもないのでは?」



「フッ。私の気まぐれですよ。ただ・・・・・そうですね。私と会った事を忘れないでいてくれればいいですよ・・・・・・ゼロさん。」



僕はクロードを見ながらため息をつくと言う。



「ふぅ・・・・・分かりました。それではお願いします。」



そう言うと、僕は予定の半分の500万Gを渡すとスマイルスケルトン第一支部を後にした。






「ボス。いいのですか?」



ゼロがいなくなった後、クロードの近くにいる側近が言う。



「ああ。アルバンという者には十分元を取ったからな。」



娯楽の国と呼ばれるこの国は、様々な娯楽があり、それにのめり込んで借金をする者が後を絶たない。



そんな者達を我々スマイルスケルトンは金を貸し、絞るだけ絞りとる。



大きな収入源の一つだ。



だが、そんな事よりも、あのゼロに恩を売った事の方がはるかに大きい。・・・・・これから三大幹部を目指すのであれば。



「部下に今後、アルバンには手を出さない様に徹底させろ。分かったな?」



「了解しました。」




クロードはニヤリと笑うと、機嫌よく紅茶を飲み始めた。













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