第37話 変態、光景を思い浮かべる(椿②)

【椿】


 白袴に身を包み、バチバチと竹刀をぶつけ合う。高速でそれらを捌き合うことで比喩ではなく火花が散る。

 たっ、楽しい……! 紆余曲折あったが、王立魔術学院に入学して良かったと心の底からそう思う。

 姉さんもこの瞬間を楽しいと思ってくださっているだろうか。


「ふふっ……悪くないぞ椿。短絡的だった——かつての悪い癖がほとんど矯正されている。よくぞここまで性格を押し殺した剣筋を会得した」

「〜〜〜〜っ!」

 掛け値なしの賞賛に口元に綻びができてしまいそうになる。


 鬼にとって竹刀の剣闘などもはや剣劇ちゃんばらだ。

 剣士の実力を示すには物足りない遊びだが、それでも嬉しいものは嬉しい。

 セツナに出会う前の——感情と剣筋が直結していたあの頃ではこうはいかなっただろう。こればかりは素直に感謝するしかない。

 言動による感情の揺さぶりを皮切りにあらゆる手を尽くし、明日を勝ち取るのが魔術師だ。

 正面から敵が歯向かって来るなどと勘違いしていた私は阿呆か。そんなわけがない。その認識が誤りだと、正してくれたことには感謝しよう。


「おかけで身体が温まってきたぞ。。礼を言おう」

「いえ、礼をするのは私の方です。ときに申し訳ありませんでした」


 姉さんの口にしたウォーミングアップにより、この後に何かあることを瞬時に理解する。

 むろん嫌味などではない。姉さんは妹である私に感謝してくださっていることが伝わってくる。

 本命の予定を聞きたいところではあるが、突然の来訪に加えて、これ以上踏み込むのは失礼だ。


「——ふっ。そう気を遣わなくてもいい。実はこれから鬼畜講師との決闘だ」

「⁉︎」

 感情を表には出してはいけないとわかっていながらもその告白は衝撃的だった。

 案の定、注意されてしまう。


「減点だ。これしきのことで動きを鈍らせるな」

「すみません。不甲斐ないです」

 気を引き締め直し、剣劇を続ける。戒めの籠った一撃で両手にジーンと痛みが広がっていた。さすが姉さんだ。


「会長と副会長が『今日こそ鬼畜度Ⅷの穴を刺す』と張り切っていてな。作戦も申し分なく、内心私も楽しみにしている」

「そうだったのですか……」


 刀は目に物を言う。刀で語れとは真理であり、結べばたちまち感情が読み取れる。

 思い返せば、突然の来訪にもかかわらず姉さんはご機嫌だった。

 鬼は本能で強敵を求めてしまう。その特性上、心が弾み、それが剣筋に現れていたということだろう。


 さて、どうしたものか……。

 セツナとの決闘を控えていることを知った私は方針変更を余儀なくされていた。

 この道場を訪れた真意は姉さんに


「剣劇に付き合ってもらった礼だ。話があると言ったな? 気兼ねなく聞くが良い」

「…………いえ。それでは決闘後にお願いしてもよろしいでしょうか」


 私が口にしようとしていることは間違いなく姉さんの精神に悪影響を及ぼしてしまう。

 さすがにこれから決闘を控えていては——。


「なるほど。どうやら話しずらいことのようだな。優しいお前のことだ。私のことを想って言い出せないのだろう。だが、決闘前後で言えば『前』の方がいいぞ?」

「……どういうことでしょうか」

 決闘前後で言えば『前』が得策? いやいや。意味がわからない。

 誰がどう考えても……。


 真意を熟考していると、

「セツナに敗れたあの瞬間、貴様はどう思った?」

「……!」

 姉さんの言わんとしていることを理解する。


「——悔し過ぎて己を殺したくなりました」

「ああ、そうだ。鬼にとって敗北は屈辱。まして相手が嫌悪している男だ。決闘後に荒ぶるな、という方が無理がある。? それも話しずらいことをだ」

「まさか姉さんともあろうお方が降されることを想定されていると?」

「忌々しいがな。だが、前にも話しただろう。私の目から見ても会長と副会長は天才だ。そんな彼女たちと組んで何度も退けられてきた。今さら『簡単』などと思うほど腑抜ではあるまい」


 要約するとこうだ。

 決闘後は敗北の苦汁を舐めさせられて荒ぶっているから、話を聞く暇などない。

 話を聞く機会タイミングは今しかない、と。


「……」

 逡巡。

「むろん話をする、しないは自由だ。私に気を遣ってここから去ろうとも構わん。お前が決めろ」


 射るような眼光。

 これから私が確認しようとしているのは馬鹿げたことだ。口にすることさえ憚れる内容。

 だが、中身の酷さはともかく、賭かっているものは私にとっても決して譲れぬものではない。


 姉さんが披露してくれた氷魔術『飛翔連燕』を思い出す。

 硬度、切味、弾速——。

 無数の氷燕を掻い潜り、懐に入るためには魔術が必要不可欠だ。

 

 このままでは刀さえ結ばしてもらえないだろう。

 ……私は覚悟を決め、姉の目を見据える。


「最初に謝罪させていただきます。これから私が話す内容は姉さんに邪念を抱かせてしまうものです」

「構わん。話せ」

 さすがセツナに一本の刀として完成が近いと言わせしめた剣士。一切の躊躇がない。


「では、失礼します。これまでの経験からセツナが性的興奮を覚えるであろう水着と下着を教えていただけませんか?」

「——はっ?」


 生まれて初めて姉さんの呆気顔を見たような気がする。貴重すぎるな。

「……すまない椿。どうやら決闘に意気込みすぎて耳がおかしくなったようだ。もう一度言ってもらえるか」

「端的に申し上げます。セツナが好みそうな下着や水着をご教授いただきたいのです」

 

 ——バチンッ!!!!!!!!!

 

 これまでの剣劇が嘘に思えてくるような凄まじい剣筋。

 〜〜〜〜〜〜〜〜痛っ!

 油断せず警戒していたおかげで、なんとか竹刀で受けることができたものの、両手が痙攣するほどの威力。


「……ほっ、ほう。貴様はあの男に味合わされた屈辱を姉から話せと、そういうことか?」

 怖っ! 滅多なことでは感情を表に出さないあの姉さんが口角を引き攣らせていた。

 背後に漂う紅の妖気。鬼の固有魔術オリジナル

 

 ……おいセツナ。貴様、一体これまで姉さんに何をさせてきたらここまで怒りを爆発させることができるのだ。


「おっ、落ちついてください! これには事情があるのです! 決して姉さんを侮辱するつもりで口にしたわけではありません」


 目の前の鬼に内心震えが止まらない。

 まとわりつくような妖気。道場から生気を抜き去らんとしている。凍えるような寒さだ。


「詳細を聞かせろ」

「はっ、はい!」


 私は改めて姉さんの恐ろしさを目の当たりにした。

 命が惜しくばは禁忌だな。ましてやその話題で揶揄うなどもっての外だ。

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